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未知の細道

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Text & Photo by 川内イオ 第19回 2014.6.10 update.
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デビューという夜明け前! 新人フラガールは今日も踊る [前編]

今年、創立50周年を迎えた「常磐音楽舞踊学院」。
この学校の卒業生はみなスパリゾートハワイアンズでフラガールになる。
女の子たちはどんな想いでフラガールを目指すのか。
学校ではどんな日々を過ごすのか。
50期生の新人フラガールたちの1日に密着した。

福島県 いわき市 デビューという夜明け前! 新人フラガールは今日も踊る [後編]へ バックナンバー NEXT
現在フラガールは43名。全員が専属ダンサー

5月某日の20時過ぎ、スパリゾートハワイアンズのアロハタウンは平日だというのに客席が8割方埋まっていた。家族連れ、カップル、会社員やお年寄りの団体まで客層は幅広い。みんな、これから始まる最大の見どころ、グランドポリネシアンショーを観に来ているのだ。
20時30分、眩いばかりの照明がステージを照らすと同時に、赤や黄色の花のレイを頭につけた白いドレスの女性たちが登場した。
おおっ! フラガール!
スパリゾートハワイアンズが誇る専属ダンサーたちである。
ゆったりとした南国のミュージックに合わせて踊り始めた彼女たちの姿は、しなやかにして艶やか。風に揺れる花のような滑らかな指先の動きと母なる大地を思わせる笑顔に誘われて、あっという間に非日常の旅気分だ。
ふと右隣の席を見ると、ついさっきまでほろ酔いで半分眠りかけていたおじさんが、目をギラギ……いやキラキラさせながら前のめりでステージを見つめている。
フラガールの登場で、明らかに会場の温度が上がった。熱気ムンムン、ハワイアン!

発端は奇想天外なアイデア

ところで、読者の方々はフラガールがどうやって生まれてきたのか、ご存じだろうか?
スパリゾート・ハワイアンの前身・常磐ハワイアンセンターを舞台にした映画『フラガール』を観た人なら、記憶にあるかしれない。昭和30年代、常磐炭鉱を経営していた会社の当時の副社長・中村豊氏が業績の悪化を挽回するために捻り出したアイデアが「“東北のハワイを作ろう”」。
炭鉱がダメならハワイで勝負! という「なんでやねん!」と思いっきり突っ込まれそうなアイデアを実現するために、中村氏は一年中水着で遊ぶことができる常磐ハワイアンセンターの建設を進めると同時に、本格的なフラダンスとポリネシアンダンスを教える「常磐音楽舞踊学院」を作った。そして、卒業生をフラガールとして雇用した。
学校ができたのが1965年。今からちょうど50年前のことである。映画はこの年に入学した1期生の奮闘を描いたもので、公演の成功で幕を閉じるが、その後の常磐音楽舞踊学院についてはあまり知られていない。
さて、どうなったのか? なんと今も同じ名称で存続し、今年で50周年。毎年のようにフラガールを輩出し続けているのである!
だから、現在43名在籍するフラガールたちは全員、きっちり2年間、常磐音楽舞踊学院で学んだ卒業生!
ふとしたきっかけでこの事実を知った僕は、この学校でどんな女の子たちがどんな勉強をしているのか、知りたいと思った。だってフラガールになるためだけに存在する学校なんて、日本広しといえども他にない。
社長の奇想天外なアイデアによって今もスパリゾートハワイアンズを運営する常磐興産に電話をかけて、僕はお願いした。
「1日密着させてください!」
担当者は困惑気味だったが、僕の意味不明の熱意に押されたのか、数日後、まさかの取材許可が下りた。
僕は丁重にお礼を伝えた。
この時、僕の脳裏には、映画で講師を演じた松雪泰子と一期生のヒロインを演じた蒼井憂の姿が浮かんでいたことを告白しよう。

常磐音楽舞踊学院の入口に飾られている写真。
映画『フラガール』に登場した蒼井憂さん、しずちゃんと一緒に
新入生によってきれいに掃除されたレッスン場
ダンス漬けの2年間

朝9時半、今回、僕の案内役を務めてくれた常磐興産の國井秀文さんと常磐音楽舞踊学院の平屋の校舎に足を運ぶと、6人の新入生がテキパキと掃除をしていた。
「おはようございます」と声をかけると、「おはようございます!」と元気に返ってくる。校舎には机が並ぶ教室とレッスン場があり、ほかに衣装や小道具が置かれている小さな部屋が2つとコンパクトな作りだ。

教室とレッスン場 それもそのはず。入学するのは毎年6、7人と少数精鋭のうえ、新入生が授業形式で集中的に学ぶのは最初の3ヵ月程度で、その後はすぐにデビューする。デビューしたら楽屋やステージで先輩方と練習することが多くなるので、大きな学校は必要ないのだ。
「今年は18名が受験し、合格したのが6名です。受験の際、フラダンスは未経験でも構いません。今年の新入生にも未経験者がいますよ」と國井さん。
國井さんによると、かつては受験生が減り、スパリゾートハワイアンズの従業員の中からダンサー候補を選抜したこともあったそうだが、やはり映画『フラガール』の影響は大きかった。映画が公開されると、東北、関東の各県から応募がくるようになり、試験で有望な新人を選べるようになったという。
新入生の1週間のカリキュラムを見せてもらったら、当然のようにダンス漬けだった。
朝9時から1時間は掃除で、10時から12時までが午前中の授業。月曜は工芸クラフト、火曜はマオリダンス、水曜はフラメンコ、木曜はポリネシアンダンス、金曜は声楽、土曜はモダンダンスが行われる。
午後は13時から17時までの4時間で、月曜はジャズダンスとポリネシアンダンス、火曜は茶道とポリネシアンダンス、水曜はポリネシアンダンスとマオリダンス、木曜はクラシックバレエ、金曜はポリネシアンダンス、土曜はポリネシアンダンスのほかショーの見学と1週間のレポート作成がある。
2年間でプロのダンサーを育てるために、ショーで披露するフラ、タヒチアン以外のジャンルのダンスもみっちり学ぶのだ。
それにしても、1週間、ほとんど朝から晩まで踊りっぱなし! 35歳、完全なる運動不足、メタボリストの僕にとってはハードルが頭の先まであるほど高く感じる。
しかし偶然にも僕が訪問したのは金曜日で、午前中は教室で学ぶ声楽だったので、少しほっとした。

ハワイアンソングにてこずる

時刻は間もなく10時。
教室に入り、改めて「宜しくお願いします!」と新入生に挨拶すると、珍入者に苦笑しながらも僕の分のいすを用意してくれたりと、いろいろ気を使ってくれた。
ここで6人の新入生を紹介しよう。
写真左から小野寺穂里さん(18)、星怜奈さん(18)、羽賀万由子さん(18)、佐藤つなささん(19)、山田結衣さん(18)、桑澤佳奈子さん(18)。

6人の新入生 6人とも清く正しい女学生という感じで、五月晴れの春風のようにとにかく爽やか! 濁りのない真っ直ぐな瞳と弾けるような笑顔をしていて、そのまま映画に出演していそうな雰囲気だ。
レトロ感溢れる教室の中で全くすれていない6人を目にして、一昔前にタイムスリップしたような気持ちになった。

先生の指導でリズムもぴったり 先生の指導でリズムもぴったり 声楽の先生がやってきたので、一番後ろの席に着いた。この授業は新入生の50期生だけでなく、47、48、49期生も参加して、計16名いた。47、48期生は既に卒業しているのだが、早起きして勉強を続けているのである。もちろん全員女の子なので、女子高に紛れ込んだような気分である。なんだかワクワ……いやソワソワして落ち着かなかった。
10分間の発声練習の後は、次々と歌を歌っていった。ほとんどがハワイアンの曲で、初耳だった。「To You Sweet Heart Aloha」という曲は「愛しい人よ、さようなら」という内容で、先生が「気持ちを込めて」というとみんなが情感を込めて歌い始め、爽やかな曲なのに少し切ない気分になる。
ちなみに僕は歌詞を持っていなかったのだけど、隣の席の上級生の女の子が何も言わずに歌詞を僕の方にずらして見せてくれた。心が一瞬にしてときめいたのは言うまでもない。
「Sweet Leilani」という歌では、手拍子でリズムを取る練習をしたのだけど、かなり難しい。僕の手拍子は、明らかにみんなとずれていて、思わず赤面。初めての授業で早くも落第生の気分だ。みんなは先生の指導を受けるとビシッとリズムを合わせていて、さすがプロのダンサーとその卵たちだと感心した。
授業の最後は「オー・シャンゼリゼ」。この日、唯一僕が知っている歌だった。どうやらいつも定番のシメの一曲らしく、1回だけ気持ち良く歌って終わるということで、気合を入れて熱唱させてもらった。僕に歌詞を見せてくれていた女の子が笑いをこらえているように見えたのは、気のせいだろう。

声楽の授業ではハワイアンソングを中心に練習
それぞれの想いを抱えて常磐音楽舞踊学院の門を叩いた新入生
新入生それぞれの志望動機

声楽の授業の後は、お昼休憩!
6人の新入生と一緒にお昼を食べさせてもらい、ゆっくり話をすることができた。
僕が一番気になっていたのは、それぞれの入学の動機。なぜ、世の中に無数の職業がある中で、フラガールを選んだのだろう。
小学生の時からジャズダンスをしていたという小野寺さんは、大学の付属高校に通っていたのだが、震災直後にフラガールが全国行脚した「全国きずなキャラバン」を見て、「大学に行くより、自分の好きなことをして笑顔を届けたい」と思ったそう。両親も「やりたいことをやりなさい」と認めてくれたという。
3歳の時から毎年、家族でスパリゾートハワイアンズに遊びに来ていて、ずっとフラガールに憧れていたというのは桑澤さん。「全国きずなキャラバン」を見てフラガールになろうと決意した。スパリゾートハワイアンズが大好きな家族は、もちろんこのチャレンジを応援してくれている。
福島の会津若松出身の芳賀さんは、ずっとバレエ教室に通っていたのだが、同じ教室の5つ年上の先輩が45期生としてフラガールになった。その先輩の姿を見てフラガールに興味を抱いていたところ、「全国きずなキャラバン」を見て、「故郷の福島のために仕事がしたい」と思い立ち、フラガールを目指すことにした。
スパリゾートハワイアンズがあるいわき市出身の星さんは、小学生の頃にはヨサコイを踊り、中学生の頃にはヒップホップを学ぶなどもともとかなりのダンス好きで、高校生2年生の時にフラダンス愛好会に入った。そしていろいろなイベントで踊っているうちに、お客さんが笑顔になってくれることが嬉しくて、フラガールを志すようになった。
山田さんもいわき市出身で、高校1年生の時に先輩がフラダンスを踊っているのを見て「私もやりたい!」と思い、先生に頼み込んで学校にフラダンス愛好会を作った。仮設住宅や復興イベントで踊るようになり、ある時、お客さんの一人が常磐音楽舞踊学院の存在を教えてくれて、受験を決めた。
唯一の19歳、佐藤さんも子どもの頃からジャズダンスやフラメンコ、ヒップホップを学ぶようなダンス好きで、「全国きずなキャラバン」や映画『がんばっぺフラガール』を見て心動かされ、「フラガールになりたい!」と思い立った。実は49期の試験では落選してしまったのだが、「(受験の年齢制限の)22歳になるまで受験し続ける!」と情熱を燃やし、2度目の挑戦で合格を果たした熱血派だ。

熱い想いで授業に取り組む それぞれの話を聞いて、胸にジーンときた。みんな、ただ単にダンスが好きなだけじゃなくて、誰かのために踊りたいという気持ちを持っているのだ。6人の中には家族に「ダンサーなんてものは水商売だ。やめておきなさい」と言われた子もいるんだけど、そんな言葉も何の歯止めにならないほど、みんな熱い想いを抱いている。
僕はひとりで納得した。
だからみんな良い目をしているのだ。

デビューという夜明け前! 新人フラガールは今日も踊る [後編] に続く

道の細道とは
ドラぷらの新コンテンツ「未知の細道」は、旅を愛するライター達がそれぞれ独自の観点から選んだ日本の魅力的なスポットを訪ね、見て、聞いて、体験する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭」「挑戦者」の4つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、気になる祭に参加して、その様子をお伝えします。
未知なる道をおっかなびっくり突き進み、その先で覗き込んだ文化と土地と、その土地に住む人々の日常とは――。

(毎月2回、10日・20日頃更新予定)
今回の旅のスポット紹介
update | 2014.6.10 デビューという夜明け前! 新人フラガールは今日も踊る [前編]
常磐音楽舞踊学院
創立から50年の伝統を誇り、常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)の開業から現在に至るまで、300名を超える卒業生をフラガールとして送り出している。
〒972-8326 福島県いわき市常磐藤原町蕨平50
Tel:0246-43-3191(代表)
常磐音楽舞踊学院 公式HP
スパリゾートハワイアンズ
いわき湯本温泉の豊富な湧出量に支えられた5つの温泉テーマパーク。ショーでは、フラダンスやタヒチアンダンスなどを楽しめる。
〒972-8326 福島県いわき市常磐藤原町蕨平50
Tel:0246-43-3191(代表)
Fax:0246-44-6220
スパリゾートハワイアンズ 公式HP
スパリゾートハワイアンズ ダンシングチームブログ

ライター 川内イオ 1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

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