翌朝は4時半に起き、5時から釣りを始めた。釣具屋の心優しき店員さんに、人間と同じく、魚も涼しい時間のほうが動きがあってよく釣れると聞いていたからだ。
朝食は、メープルパンと羊羹2つ。我ながら侘しい食事に、「脂がのっていてすごく美味しい」というタキタロウを思い浮かべる。
佐藤さんが「朝も蚊は多いよ」と言っていたので、上下、長袖長ズボンで池に向かったけど、前夜の「大群来襲」というほどではない。ホッとして、佐藤さんから教えてもらった沢の釣りスポットを目指す。
タキタロウは、基本的に池の深いところにいる。でも、エサとなる小魚を追って、沢に来る可能性はある。1985年に捕まったタキタロウは、沢の網に引っ掛かった。大鳥池ではボートでの釣りが禁じられているから、タキタロウを狙うなら、沢しかない。
山小屋から池の淵を歩いて20分で沢に着いた。透明度の高い池の水の中に、小さな魚がたくさん泳いでいるのが見える。俄然やる気が高まったけど、すぐに萎えた。
そこには、蚊はいなかった。でもハチがいた。しかも、アグレッシブ。
ノロノロと準備をして、ようやく針を垂らしても、3、4匹のハチが身体の周りをブンブン飛び回って、全く集中できない。
前日の悪夢がよみがえる。
今、露出しているのは顔だけ。顔をめがけてハチがアタックして来たらどうしよう……。蚊に刺されの痒みはどうにかなるにしても、顔面をハチに刺されたら耐えられない。
恐らく、山に慣れた人なら適当な対策があるのだろうけど、僕は逃げるしかなかった。
結局、早々にそのスポットを離れ、山小屋からすぐ近くの水門に戻った。
川内イオ