何度も休憩し、ひとりでため息をついたり、笑ったりしながら孤独な時間を乗り越えて、大鳥池にたどりついたのは16時50分。ほぼ3時間半の行程だった。その日の大鳥池は、鏡のような水面に周囲の山々が映り込み、ため息が出るほど美しかった。
大鳥池の淵に建つタキタロウ山荘では、朝日屋のご主人で、小屋の管理人も務める佐藤征勝さんが待っていてくれた。事前に「タキタロウの話を聞かせてほしい」とお願いしていたのだ。
70歳を超えているとは思えないほどかくしゃくとした佐藤さんは、大鳥池のある旧朝日村の元村長で、大鳥地域づくり協議会のメンバーでもある。そして、一連のタキタロウ調査のきっかけとなった人物で、話を聞くにはこれ以上ない存在だ。
佐藤さんによると、地域では100年、200年以上前からタキタロウの存在は知られていて、朝日村には実際に獲ったことがあるという人、食べたことがあるという人、自宅の池で飼ったことがあるという人までいた。
佐藤さんとタキタロウの出会いは、1982年の6月17日だった。
「当時、県の観光キャンペーンで、朝日村で2つの観光ツアーを企画したんです。ひとつは大鳥池でのタキタロウ釣り、もうひとつは以東岳の登山。釣りは定員を超えたんですが、以東岳のほうは申し込みが2人しかなくてね。中止しようと思ったんだけど、申込者から怒られて、しょうがなく実施することにしたんです。それで、申込者の2人と私ともう一人で以東岳に登っていて、中腹で休憩していた時に、ふと大鳥池を見たら西側にV字型の波が移動しているのが見えたんですよ」
あれは何だ? と双眼鏡で眺めると、複数の巨大魚が泳いでいるのが見えた。子どもの頃からタキタロウの存在を知っていた佐藤さんは、タキタロウだ! と確信したそうだ。
この時の様子をスケッチしていた登山者の1人が地元メディアに情報を伝えたところ、新聞の一面に掲載される大ニュースとなった。
川内イオ