僕にとって初めての釣りは、魚ではなく、蚊との闘いだった。昼間は暑さで影を潜めていた蚊が、涼しくなって活発化したようだ。
大鳥池に突然現れた、Tシャツに短パン姿の肉厚男は、格好の獲物だったのだろう。とんでもない数の蚊が、僕のもとに押し寄せてきた。
慣れない釣りの準備に時間をかけていると、体中に蚊が群がってくる。時間が経つにつれて蚊が増えていく。
耐え切れなくなり、一度、宿に戻って長ズボンをはき、上着を着た。
これで大丈夫だと池に戻り、釣り糸を垂らすと、それだけでいっぱしの釣り人になった気がした。それも、一瞬だった。
蚊は、肌が露出しているところをめがけて飛んでくる。その時、僕が露出していたのは顔だけ。視界に数十匹の蚊が飛び交って、「うわー!!」と悲鳴を上げて頭を振ったら、かぶっていた帽子が池に落ちた。
ああ!!!
お気に入りの帽子を放っておくことはできない。でも、水面は数メートル下にあり、手や棒で取ることは難しい。
あ、釣り竿がある。釣り針にひっかけたら持ち上げられないかな?
記念すべき僕の釣り初日は、帽子釣りになった。釣り糸を垂らし、針にひっかけようと釣竿を動かす。なかなかうまくいかなかったが、蚊に耐えながら粘っていたら、ついに引っかかった。慎重にリールを巻く。
よし! 帽子が手元に戻ってきた瞬間、「今日は終わり!」と撤退した。
その日、山小屋に泊まるのは僕ひとりだった。
まともな食事を持参しなかった僕の夜飯は、アンパン、クリームパン、チョコレート。山小屋で他の登山者とわいわい交流することを妄想していたから、寂しさが募る。
タキタロウ釣りのバイブルとして釣りキチ三平を持参していたので翌日に備えて読み直し、21時過ぎには就寝した。
川内イオ