未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
74

山形の秘境・大鳥池で釣り糸を垂れる

伝説の巨大魚タキタロウを追って

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.74 |10 September 2016
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#6灼熱の登山

途中ですれ違った下山者が皆、クマ除けの鈴をつけていてビビった

 タキタロウ館から登山口へは、車で30分ほど。車を進めていくと、どんどん山の気配が色濃くなっていく。
 大鳥池までの道のりは、ネットの情報だと3時間から3時間半。何を隠そう、僕は釣りの素人であるだけでなく、山の素人でもある。本格的な登山の経験はゼロ。もちろん、ひとりで3時間も山道を歩いたことはない。しかも、その日は雲一つなく晴れ渡り、気温30度を超えるギラギラの陽気だった。

 13時17分。大丈夫かな、とドキドキしながら、10キロ以上あるバックパックを背負って歩みを進める。10分で汗が滝のように吹き出し、20分で最初の休憩を取った。
 山道はまさに手付かずの自然が残されていて、深呼吸したくなるほど気持ちいい。
 でも、ヤバいほど暑い。
 30分を過ぎると、早くも自分との闘いの様相を呈してきた。タキタロウ館の売店のおばちゃんが「これから登るの? そりゃ大変だ」と言っていたことを思い出した。
 そういえば、登山って朝や夕方にしている印象がある。実際、真夏の真昼間に大鳥池を目指している人間は、僕しかいなかった。

 家族や友達がいれば話でもして気がまぎれると思うけど、ひとりで山道を歩く時、人はどうしているのか。
 僕は、即興で思いついた「自己啓発遊び」を始めた。自己啓発書に出てきそうな言葉を、山に絡めてその場で創作するのだ。
「早く着くのが目的じゃない。ゆっくり歩いて確実に距離を縮めろ」
「山での一歩は、日常の十歩になる」
「足元を見るな。空を見ろ」
「この山の道なき道こそ、己の人生だ」
「山には、二度と同じ景色はない」
 なんとなく深い意味がありそうで、実は何の意味のない言葉を大きな声で唱えると、胡散臭い自己啓発セミナーに参加しているような気分になって、笑えてくる。もし、誰かに見られていたらヤバい人だったろう。でも、ほとんど誰にも会わないから問題ない。
 人生のこと、仕事のこと、家族のことなどもう少し深いことを考えようと思っても、暑さと疲労で頭が回転しないからムリだった。

良い感じにグラッグラ揺れる吊り橋
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未知の細道 No.74

川内イオ

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。