未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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映画ファンを引き寄せる塩尻のレトロ映画館

東座の舞台裏奮闘記

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.83 |25 January 2017
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#10映画は人生を変える

上映会で扱う作品は、映画ファンならどれも気になること間違いなしのラインナップ

 1995年に始まった上映会も、今年で23年目に入る。
 2011年には、父・茂夫さんが他界して、こずえさんが二代目の代表に就いた。これまでの間に、こずえさんにとって忘れられない出来事がいくつもあったという。

 イギリスのケン・ローチ監督が1930年代のスペイン内戦を描いた映画『大地と自由』を上映していたときのこと。東座に電話がかかってきて、出てみたら東京からだった。

「東京の者なんですけど、東京ではどこでもやってなくて、配給会社に電話をしたら、塩尻の東座というところで夜1回だけやってますよと聞きました。明日、観に行きたいのでよろしくお願いします」

 そういうと、電話は切れた。
 翌日、それらしい青年がひとりでやってきた。20時半からの上映が終わった後、気になって話しかけてみると、泊まる場所も決めていないという。そこで、健康ランドに問い合わせて予約を取り、車で送った。その道中、青年は身の上話を始めたそうだそうだ。

「実は僕、結婚したい相手がいて、婚約していたんです。でも突然、青年海外協力隊に入ることにしたので結婚をやめますと言われて、振られちゃったんですよ。彼女は『大地と自由』を観て、どうしても中近東でお手伝いをしたいと思ったって言うんです。それがすごいショックで、悔しくて、いったい僕の人生を変えてしまった映画とはどんなものなのかと腹を立てながら塩尻まで来ました。でも、映画を観て納得しました」

 別れ際、その青年は「また頑張ります」と寂しげに微笑だ。
 このとき、こずえさんは「やっぱり映画って影響力が大きいんだな。心して上映しないと人の人生を変えてしまうかもしれない」と感じたそうだ。

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未知の細道 No.83

川内イオ

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。