その後、熱心に足を運んでくれる数少ない観客からの要望で朝10時からの回も追加されたが、上映会は閑古鳥が鳴くことも多く、それでも父・茂夫さんとは「何があっても貸館料を支払う」という約束だったので、さらに赤字が拡大するという悪循環だった。
それでも続けようと思えたのは、OL時代には感じたことのない充実感を得ていたことに加えて、こんな出来事があったからだ。
上映会を始めたのは1995年で、翌年の冬にはすでに資金の余裕がなくなっていた。それでも、どうしても上映したい映画があった。名匠エミール・クストリッツァ監督の『アンダーグラウンド』だ。1995年にカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞し、翌年の春、日本でも公開されていた。
こずえさんは、ほかの場所での公開が落ちついた年末に上映したいと考えていたが、そのとき、配給会社に事前に収めるお金がどうしても5万円足りなかった。親に頼むわけにもいかないし、ほかの仕事をするあてもない。どうしようかと途方に暮れていたら、ある日、機嫌が良かった父・茂夫さんが「宝くじでも買おうか」とお金をだしてくれた。
その時、実家では父と母とこずえさんの3人で暮らしていたので、買ってきた宝くじを3等分した。すると、こずえさんが持っていた宝くじが当選したのである。
金額は5万円。
このとき、「見えない力に支えられてるんだ」と感じて元気をもらったという。
川内イオ