未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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映画ファンを引き寄せる塩尻のレトロ映画館

東座の舞台裏奮闘記

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.83 |25 January 2017
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#5いつまでも兵隊のままでいいのか?

窓際に飾られている絵は、東座の常連さんの作品。東座で観た映画の一場面を描いて、毎月、東座に届けてくれるそう

 海外のテレビ局とやり取りする仕事にやりがいを見いだし、毎日最終電車で帰るほど猛烈に働いた。その努力が認められ、海外出張を任されるようにもなった。周囲からすれば、女優の卵から、キャリアウーマンに華麗なる転身を遂げたように見えたことだろう。

 でも、何か違和感があった。
 きっと、雇われの身で身を粉にして働いたからこそ、景気が良い時も悪い時も誰かに頼ることなく真正面から映画館の経営に取り組んでいた父母の姿がより一層輝いて見えたのだろう。次第に「自分はいつまでも兵隊のままでいいのか」という想いが湧きあがり、抑えきれなくなったこずえさんは、13年間勤めた会社に辞表を出し、実家に戻った。
 35歳の時のことだった。

「とりあえず一年間は何もしないで、自分をまっさらにしよう」
 そう思って帰郷したこずえさんを、思わぬ事態が待ち受けていた。
 塩尻に帰ったのは1995年で、たまたま映画誕生100周年にあたっていた。各メディアが記念企画を計画していたなかで、「東京で映像の仕事をバリバリしていたキャリアウーマンが、映画館を経営する実家に戻る」ことに注目した知人からの依頼で、ドキュメンタリー番組に取り上げられることになったのだ。

 テレビクルーが3ヵ月も密着することになったのだが、実家で体を休めるつもりだったこずえさんの毎日は、映画館の掃除など両親の手伝いをするぐらい。あまりに地味で静かな生活で、これでは番組にならないとしびれを切らした監督は、「なんか面白いことをしませんか?」と持ち掛けた。

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未知の細道 No.83

川内イオ

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。