牧場を後にした僕は、レンタルした自転車ですぐ近くの無料キャンプ場に向かった。すべての宿が埋まっていたから、テント泊しか選択肢がなかったのだ。荷物が増えるので正直ちょっと面倒に感じていたけど、海に面した高台のキャンプ場についてあっさり考えを改めた。青々とした海が地平線まで広がっている。視界に入るのは、海だけ。こんな景色が見えるなら、キャンプも大歓迎だ。
僕はテントを張るとすぐに個人用の小さなバーベキューグッズを用意した。焼尻島という名前にかけて、東京から牛のお尻の肉「イチボ」を持参していたのだ。「焼尻島で尻を焼く」というダジャレがしたい、ただそれだけ。
ラッキーだったのは、焼尻サフォークをもう1パック買えたこと。「おひとり様一点限り」なんだけど、意味を取り違えていたのだ。例えば10時からの販売時に並んでも1パックしか買えない。でも、その後の12時からの販売時に並べば、また1パック購入できることがわかった。ということで、もう1パックを手にした僕は、イチボと一緒に焼いて食べることにした。
この旅のために購入したペレット、拾った小枝、松ぼっくりなどで火を起こし、肉を焼く。港の焼き台もいいけど、海からの風と燃え上がる炎を感じながらのおひとりさまバーベキューも雰囲気がある。調子よくイチボと焼尻サフォークを焼き、いざ実食! という時に気づいた。箸がない……。
焼尻島には小さな商店が2軒あるけど、気づけばとっくに閉店時間。早くしないと目の前の肉が焦げる、あるいは、冷める。どちらも耐え難いと思った僕は、意を決して指を伸ばし、手づかみで牛と羊の肉に食らいついた。指先を火傷した。
でもね。夜空を見上げたら、え? こんなにあったんですか? と尋ねたくなるほど無数の星が瞬いていて、その星空の下、原始人のようにして食べたイチボ、そして焼尻サフォークは生涯忘れられない味になりました。
川内イオ