未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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片道10時間の道程が前菜になる焼尻島

北の離島で世界一の羊を焙る。

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.120 |10 August 2018
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#8星空バーベキュー

キャンプ場で出会ったカップル。お祭り目当てで札幌から来たそう。

 牧場を後にした僕は、レンタルした自転車ですぐ近くの無料キャンプ場に向かった。すべての宿が埋まっていたから、テント泊しか選択肢がなかったのだ。荷物が増えるので正直ちょっと面倒に感じていたけど、海に面した高台のキャンプ場についてあっさり考えを改めた。青々とした海が地平線まで広がっている。視界に入るのは、海だけ。こんな景色が見えるなら、キャンプも大歓迎だ。

無料キャンプ場とは思えないロケーション。右端が僕のテント。

 僕はテントを張るとすぐに個人用の小さなバーベキューグッズを用意した。焼尻島という名前にかけて、東京から牛のお尻の肉「イチボ」を持参していたのだ。「焼尻島で尻を焼く」というダジャレがしたい、ただそれだけ。

 ラッキーだったのは、焼尻サフォークをもう1パック買えたこと。「おひとり様一点限り」なんだけど、意味を取り違えていたのだ。例えば10時からの販売時に並んでも1パックしか買えない。でも、その後の12時からの販売時に並べば、また1パック購入できることがわかった。ということで、もう1パックを手にした僕は、イチボと一緒に焼いて食べることにした。

北の離島でイチボと焼尻サフォークを焼く。

 この旅のために購入したペレット、拾った小枝、松ぼっくりなどで火を起こし、肉を焼く。港の焼き台もいいけど、海からの風と燃え上がる炎を感じながらのおひとりさまバーベキューも雰囲気がある。調子よくイチボと焼尻サフォークを焼き、いざ実食! という時に気づいた。箸がない……。

 焼尻島には小さな商店が2軒あるけど、気づけばとっくに閉店時間。早くしないと目の前の肉が焦げる、あるいは、冷める。どちらも耐え難いと思った僕は、意を決して指を伸ばし、手づかみで牛と羊の肉に食らいついた。指先を火傷した。

 でもね。夜空を見上げたら、え? こんなにあったんですか? と尋ねたくなるほど無数の星が瞬いていて、その星空の下、原始人のようにして食べたイチボ、そして焼尻サフォークは生涯忘れられない味になりました。

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未知の細道 No.120

川内イオ

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。