その時、フレンチ業界で脚光を浴びたのがほかの羊肉とは明らかに違う味だった。その風味は、フランスで最高級の評価を得ている、ブルターニュ地方で育った羊の肉「プレ・サレ」に勝るとも劣らない評価を得たのだ。
プレ・サレはフランス語で、プレは牧場、サレは塩味という意味を表す。大西洋に面したブルターニュ地方で育てられた羊は、ミネラル豊富な海水の塩分を含んだ風を受けて育つ牧草を食す。そうすると、身体に自然の養分がいきわたり、肉も豊かな風味を持つようになるのだ。海に囲まれた焼尻島も同じ環境にあった。
「羊は体のなかで塩分を作り出すことができないので、塩分を摂取しなくてはいけません。人間と同じですね。ここは海が近く遮るものもないので、ミネラル豊かな潮風に晒された草にも塩分が移ります。うちの羊は夏の間は24時間放牧されていて、その草だけを食べて育つから美味しくなるんです」
ブルゴーニュ地方とは異なる焼尻島独特の環境も、プラスに働いた。周囲12キロの小さな離島ということもあって、羊を襲う野犬やキツネ、へびなどが存在しない。そのため、羊たちはストレスなく過ごすことができる。羊に限らず、牛や豚、そして人間もストレスが強い環境であればあるほど身体が弱る。のびのびと育つことで、肉の味も変わるのだ。
川内イオ