この環境だけでなく、飼育自体も羊にストレスを与えないように気を使っている。例えば、一般的に出荷用のオスの羊は生まれてすぐに去勢するそうだが、焼尻島ではしない。去勢による傷が化膿して死んでしまうというリスクを避ける意味もあるけど、去勢自体が羊に大きなストレスを与えるからだ。
焼尻島の羊は、寒さが厳しくなる秋から春にかけて羊舎で飼育されている。同じく、出荷を待つ生後数カ月の羊も羊舎で過ごすのだけど、衛生管理が徹底されている。日々、羊が食べ散らかした牧草や糞尿で汚れる床を毎朝、ゴミひとつ落ちていないほどきれいに掃除しているのだ。不潔な場所と清潔な場所、どちらで育つほうがストレスが少ないかは言うまでもないだろう。
実は、牧場は今たったふたりで運営されていて、人手が足りない状態が続いている。それでも一切の手抜きなし。そこには、いちから牧羊を始めて、試行錯誤を重ねながら世界一にして幻と呼ばれる焼尻サフォークを築いてきた先代たちへのリスペクトがある。
「自然相手だから、大変ですよ。牧草も取らなきゃいけないし、こっこ(子羊)が生まれる時期には、子育て放棄されたこっこに哺乳瓶で数時間おきにミルクをあげなきゃいけないから、ほとんど眠れません。人間と同じぐらい手間がかかる。だからこそ、肉質は他の羊肉に比べて格段の差があります。ここは先代が苦労して作り上げたものの集まりだから、へたなもん作れないよね」。
許可を得て牧場に足を踏み入れると、毛並みが良く、美しさすら感じる羊たちが、草を食んでいた。漁師の不漁対策で始まった牧羊が、いまや1キロ5000円という超高級のブランド羊肉になっているのだ。当時の島の人たちが知ったら、腰を抜かすだろう。
牧場の壁には、著名な農学者で食に関する著書も多い小泉武夫さんが焼尻サフォークを「世界一!」と称えている新聞の記事が張られていた。
川内イオ