未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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片道10時間の道程が前菜になる焼尻島

北の離島で世界一の羊を焙る。

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.120 |10 August 2018
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#3感じたことのない味

港に設置された、数十台の炭火の焼き台は無料で利用できる。

 港に設置された、数十台の炭火の焼き台は無料。ほかの出店では野菜や海鮮も売っていて、空いているところで自由にバーベキューしてください、という良心的なシステムだ。 僕は「とにかくこの肉を食べたい!」という欲望マックスだったので、ほかの食材には目もくれず、海に近い焼き台が空いているのを見つけると、すぐに肉を焼き始めた。

 ジューッ、ジューッ、ジューッ……。

 炭の火力が弱い。望んでないのにじっくり弱火状態。あー、もどかしい! もしかすると、飢えた野犬のような目つきをしていたのかもしれない。すぐに祭りのスタッフの方がやってきて、「大丈夫ですか? 炭を盛りましょう!」と火力を強めてくれた。素晴らしい気配りとホスピタリティだ。

 ジューッッ、ジューッッ、ジューッッ!

 明らかに強くなった火に焙られて、プツプツと浮き上がってきた肉汁がポタポタと滴る。これこれ! 俺が求めていたのはこれ! もう待てない。焼き加減を確認するのもそこそこに、箸で肉をつまむと、フーフーと少し冷ましてから口の中に放り込んだ。

 あ、あちぃ! ヒーヒーハフハフしながら肉を噛む。最初に感じたのは、弾力とホンノリとした塩味。加工塩のしょっぱさとはまるで違う、豊かな風味。むむ!! 羊肉独特の臭みはほとんどない。塩が効いた、しっかりとした肉の旨味がじゅわっと舌の上で広がる。まだなんの味付けもしていないのに!

 僕にとって羊の肉と言えば、良くも悪くも獣の臭みが特徴的なジンギスカンだったから、思いっきり予想を覆された。そういえば、焼き台に用意されている調味料は塩コショウのみ。余計な味付けは不要、素材の味を楽しんでほしいという思いの表れに違いない。

 これまでも牛豚鶏羊の「美味い肉」は食べたことがある。でもこのような「滋味」を感じるような肉は初めてかもしれない――。僕は無言で肉を網に載せる、焼く、噛むをループしながら、そんなことを思っていた。

港のすぐそばでの青空バーベキューは本当に気持ちいい。
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未知の細道 No.120

川内イオ

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。