港に設置された、数十台の炭火の焼き台は無料。ほかの出店では野菜や海鮮も売っていて、空いているところで自由にバーベキューしてください、という良心的なシステムだ。 僕は「とにかくこの肉を食べたい!」という欲望マックスだったので、ほかの食材には目もくれず、海に近い焼き台が空いているのを見つけると、すぐに肉を焼き始めた。
ジューッ、ジューッ、ジューッ……。
炭の火力が弱い。望んでないのにじっくり弱火状態。あー、もどかしい! もしかすると、飢えた野犬のような目つきをしていたのかもしれない。すぐに祭りのスタッフの方がやってきて、「大丈夫ですか? 炭を盛りましょう!」と火力を強めてくれた。素晴らしい気配りとホスピタリティだ。
ジューッッ、ジューッッ、ジューッッ!
明らかに強くなった火に焙られて、プツプツと浮き上がってきた肉汁がポタポタと滴る。これこれ! 俺が求めていたのはこれ! もう待てない。焼き加減を確認するのもそこそこに、箸で肉をつまむと、フーフーと少し冷ましてから口の中に放り込んだ。
あ、あちぃ! ヒーヒーハフハフしながら肉を噛む。最初に感じたのは、弾力とホンノリとした塩味。加工塩のしょっぱさとはまるで違う、豊かな風味。むむ!! 羊肉独特の臭みはほとんどない。塩が効いた、しっかりとした肉の旨味がじゅわっと舌の上で広がる。まだなんの味付けもしていないのに!
僕にとって羊の肉と言えば、良くも悪くも獣の臭みが特徴的なジンギスカンだったから、思いっきり予想を覆された。そういえば、焼き台に用意されている調味料は塩コショウのみ。余計な味付けは不要、素材の味を楽しんでほしいという思いの表れに違いない。
これまでも牛豚鶏羊の「美味い肉」は食べたことがある。でもこのような「滋味」を感じるような肉は初めてかもしれない――。僕は無言で肉を網に載せる、焼く、噛むをループしながら、そんなことを思っていた。
川内イオ