未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
120

片道10時間の道程が前菜になる焼尻島

北の離島で世界一の羊を焙る。

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.120 |10 August 2018
この記事をはじめから読む

#21人1パックのみ

青空のもと羽幌港フェリーターミナルで船を待つ

 「ヘルシンキに行けるなあ」

 羽幌港フェリーターミナルで船を待ちながら、僕はそんなことを考えていた。朝5時前に家を出て、電車、飛行機、バスを乗り継いで、港についたのが13時半過ぎ。14時発の高速船に乗り、焼尻島に到着するのは15時前だから、ちょうど10時間。成田空港からフィンランドのヘルシンキまで約10時間だから、移動時間としてはほぼ同じ。これまでいろんなところに行ったけど、日本国内の移動時間では最長記録かもしれない。

 それでもあまり疲労を感じなかったのは、この6年間、常に頭の片隅にあった世界一にして幻の羊肉が僕を待っているという高揚感があったからだ。多分、アドレナリンが出ていたのだと思う。乗り物酔いしやすいので普段船に乗る時はすぐに寝るのだけど、今回はまったく眠気が訪れず、出発から到着まで高速船のデッキで風を浴びて過ごした。

高速船のデッキから

 羽幌港から40分ほどで焼尻港に到着すると、さらにテンションが上がった。なんと港に日よけテントが立ち並び、その下でお客さんがバーベキューをしている。船の上からでもジュージューと肉が焼ける音が聞こえてきそうな距離感だ。そして、船から見て港の右端には「一度は食べたい幻の羊肉 焼尻サフォーク」と書かれた幟がはためいている。

「一度は食べたい幻の羊肉 焼尻サフォーク」と書かれた幟

実は「幻の羊肉」は1日の販売個数が決まっていて、売り切れたらそこで終了。1人1パックのみと購入制限がかかっているとはいえ、事前に問い合わせたところ焼尻島にある民宿4軒はすべて満室でどれだけの人が来ているのか予想がつかず、必ず購入できるという確信がないままここまで来ざるを得なかった。

 だから、船からタラップが降ろされると、競歩選手のような速足で幟のもとへ。目の前には、パックに入った羊の生肉、1200円が並ぶ。これが人間ならついに会えたね! と熱い抱擁をかわしたいほど胸が高鳴った。1200円を払ってパックを手にした時には、思わず「よし!」と声が漏れた。

「幻の羊肉」は1人1パックのみと購入制限がかかっている
このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.120

川内イオ

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。