即身仏に至る過程もまた、想像を絶する。
「十穀絶ちで体から余計な脂肪や水分をできる限りそぎ落としていますが、さらに余分なものを体から出すために真如海上人は塩と水だけを摂りながら47日間断食しました。それから、後に内臓が腐敗したり、虫がわくのを避けるために、人体には毒になる漆の樹液を飲んで、『土中入定(どちゅうにゅうじょう)』します」
「地下3メートルぐらいのところに作った土留めの石の室に入るんです。石室のなかでは、座棺といって坐禅を組みながら入れる木の箱に入ります。箱の周りは木炭でみっしり埋め尽くされます。湿気を避け、臭いを取る効果もありますから。そして、入定した僧侶はひたすら読経します」
石室には2本、節を抜いた大小の竹筒が通してあり、酸素を確保するとともに、弟子たちは太い竹筒から水を送る。細い竹筒には鈴が通してあり、毎日、決まった時間に弟子が鈴を鳴らすと、僧侶も鈴を鳴らして生存を伝える。そうして、土中からの反応がなくなると、弟子たちは師匠が成仏したことを知る。
その後、弟子たちは竹の筒を抜いて石室を密閉する。3メートルも地下にある石室の温度は夏も冬もほぼ一定に保たれる。それから3年3ヵ月後に掘り起こした時にミイラ化していた者だけが即身仏として祀られる。もちろん、朽ち果ててしまうこともあり、その時は無縁仏として供養されるそうだ。
ミイラ化、と書いたが、ミイラとは違う。ミイラは予め脳や内臓を抜き、薬剤によって防腐処理を施したものだ。一方の即身仏は、人間がその形状を留めたまま自然乾燥することで完成する。60年前、遠藤貫主が小学生の頃、調査団が真如海上人のレントゲンを撮ったところ、脳も内臓も残っていたそうだ。しかしネズミが内臓の一部に巣くっていたため、もともと遠藤貫主が使用していた部屋に移し、アルミサッシの枠のなかに入れたという。
橙色の法衣をまとった真如海上人は、御礼参りの品や手紙に囲まれていた。なかには礼状とともに病院のカルテのコピーまである。命を救われたということでお礼に来る人も多いそうだ。96歳にして即身仏になった真如海上人は、今も民衆を見守り続けているのだ。
川内イオ