今年6月に牧場がオープンしてから5カ月。牛たちのケア、搾乳、ソフトクリームミックスの製造に加えて、9月からは希望者向けに牧場の見学会を始めた(見学会以外の訪問は受け付けていないのでホームページ等要確認)。それをひとりで担うと思うとハードだが、島崎さんは決して孤独ではない。山北町にはリヤカーでパンを販売している男性や木工や藍染めを行う女性などユニークな若者がいて、彼らが搾乳など牧場の仕事を手伝ってくれているという。
搾乳室には、山北町のお米屋さんからもらった米ぬか、山北町のお豆腐屋さんからもらったオカラ、仲間内でやっているという田んぼでとれた稲わらがおかれていた。これらは牛のおやつになる。搾乳室は近所の設計士が設計し、作ったのは地元の大工さんだ。
ソフトクリームを販売しているやまきたさくらカフェのご主人、山田さんと同じように「薫ちゃんを応援したい」という人の輪がどんどん広がっているのだろう。それがよくわかるのが、大野山の麓の田んぼで一昨年から始まった田んぼアート。なんと今年は田んぼに島崎さんと牛の絵が描かれ、ひらがなで「やまちらくのう」と記されたのだ。
おやつの時間と搾乳の様子を見学させてもらった時に印象的だったのは、島崎さんが牛たちに「ありがとう!」「美味しい?」「いい子だね!」と声をかけてきたことだった。その姿を見て、地域の人が応援したくなる気がわかった気がした。牛たちも人間にストレスを感じていないらしく、見慣れない人間(僕)にも体を寄せてくる。頭をなでてやると、こちらの気持ちが温かくなった。
今、「薫る野牧場」のミルクはソフトクリームでしか味わうことができない。乳製品を作る際には商品ごとに製造室を分けなければいけないのだが、それを作る予算と人手の問題があり、比較的収益化しやすいソフトクリームミックスに絞って製造しているのだ。
牛乳を飲めないのは残念なことだけど、あの優しい味のソフトクリームをなめるだけで、僕の脳裏に蘇るだろう。まるでスイスアルプスのような大野山の景色、そこで幸せそうに暮らすたらちゃんとその仲間たち、そして明るく軽やかに牧場を営む島崎さんの清々しいほどまっすぐな立ち姿を。
川内イオ