未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
125

酪農女子と5頭の牛の新たな物語

幸せな牛のやさしいミルク

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.125 |9 November 2018
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#8広がる応援の輪

 今年6月に牧場がオープンしてから5カ月。牛たちのケア、搾乳、ソフトクリームミックスの製造に加えて、9月からは希望者向けに牧場の見学会を始めた(見学会以外の訪問は受け付けていないのでホームページ等要確認)。それをひとりで担うと思うとハードだが、島崎さんは決して孤独ではない。山北町にはリヤカーでパンを販売している男性や木工や藍染めを行う女性などユニークな若者がいて、彼らが搾乳など牧場の仕事を手伝ってくれているという。

 搾乳室には、山北町のお米屋さんからもらった米ぬか、山北町のお豆腐屋さんからもらったオカラ、仲間内でやっているという田んぼでとれた稲わらがおかれていた。これらは牛のおやつになる。搾乳室は近所の設計士が設計し、作ったのは地元の大工さんだ。

  • 地元のお米屋さんからもらった米ぬか(左)と田んぼでとれた稲わら(右)。
牛たちがおやつを食べているところ。

 ソフトクリームを販売しているやまきたさくらカフェのご主人、山田さんと同じように「薫ちゃんを応援したい」という人の輪がどんどん広がっているのだろう。それがよくわかるのが、大野山の麓の田んぼで一昨年から始まった田んぼアート。なんと今年は田んぼに島崎さんと牛の絵が描かれ、ひらがなで「やまちらくのう」と記されたのだ。

島崎さんと牛が描かれた田んぼアート。(提供:薫る野牧場)

 おやつの時間と搾乳の様子を見学させてもらった時に印象的だったのは、島崎さんが牛たちに「ありがとう!」「美味しい?」「いい子だね!」と声をかけてきたことだった。その姿を見て、地域の人が応援したくなる気がわかった気がした。牛たちも人間にストレスを感じていないらしく、見慣れない人間(僕)にも体を寄せてくる。頭をなでてやると、こちらの気持ちが温かくなった。

 今、「薫る野牧場」のミルクはソフトクリームでしか味わうことができない。乳製品を作る際には商品ごとに製造室を分けなければいけないのだが、それを作る予算と人手の問題があり、比較的収益化しやすいソフトクリームミックスに絞って製造しているのだ。

 牛乳を飲めないのは残念なことだけど、あの優しい味のソフトクリームをなめるだけで、僕の脳裏に蘇るだろう。まるでスイスアルプスのような大野山の景色、そこで幸せそうに暮らすたらちゃんとその仲間たち、そして明るく軽やかに牧場を営む島崎さんの清々しいほどまっすぐな立ち姿を。

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未知の細道 No.125

川内イオ

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。