『黒い牛乳』の詳細はここには記さないが、牛乳パックに描かれた牧場と牛ののどかな絵は幻想ということがわかる内容だ。もともと牛乳や乳製品が好きで、乳業系の企業に就職を考えていた島崎さんは、本の内容に衝撃を受けて、なかほら牧場を検索。ホームページに「研修生受入中」とあったのを見て、すぐに申し込んだ。研修期間はわずか1週間だったが、その時の経験がのちの人生を決めた。
2011年、大学3年生の冬、岩泉町は稀に見る大雪に見舞われて、なかほら牧場も電気、水道が止まるという非常事態に陥った。運悪く、なのか、運良くなのか、そのタイミングでなかほら牧場に研修に来ていた島崎さんは、そこで見た景色に心を奪われた。
「中洞さんや先輩のスタッフの皆さんが、除雪の入らない道を自力で通れるようにしたり、鍋に入れた雪を溶かして水を確保して料理を作ったり、お風呂にしたりしているのを見て、この人たちってどこでも生きていける力があるんだなって思ったんです。この大雪のなかでもちゃんと生きている牛ももちろんすごいと思ったんですけど、それよりもそこにいる人たちが逞しくて、こういうふうになれたらかっこいいなと思いました」
短い研修を終えて北海道に帰った島崎さんだが、岩手での思い出が強烈に自分のなかに刻まれていて、「また行きたい」という思いが募った。そこで就職活動をやめて、春と夏をなかほら牧場で過ごした。
雪に閉ざされている冬と違い、春から秋にかけては50、60頭の牛たちが50ヘクタール(当時)ある牧場のなかで、のびのびと過ごしている。それは、牛のためだけでなく山のためにもなる。雑草を食べて山をきれいにする、排泄物で土を豊かにする、土を踏み固めて山を強くするという効果もあるのだ。現地でそれを教えられた島崎さんは、「こんなに広いところで牛たちが山を作っているんだな」と胸を打たれた。
川内イオ