取材に訪れた日、実は折からの降雪でメープルベースは臨時休業だった。しかし、行ってみたいという僕の無茶ぶりに応えて、井原さんが特別にお店を見せてくれた。
メープルベースの前庭には、秩父に生えている21種類のカエデが植えられている。また、入り口を入ってすぐのスペースには樹液の採取方法の説明や、カエデの葉を展示。ショップには、秩父のカエデの樹液やメープルシロップを使った商品などが並び、カフェスペースからはエバポレーターで樹液を煮詰める工程が見えるようになっている。昨春、エバポレーターをフル稼働させて40キロほど作った秩父産のメープルシロップは大人気で、すぐに売り切れてしまったそうだ。カフェの名物は秩父で採れた季節の果物を使ったパンケーキで、ほかに秩父のカエデの樹液を使った「樹液紅茶」などが販売されている。
オープンからおよそ2年。いまでは観光バスで団体が訪ねてくるほどその名を知られるようになり、経営も安定してきたそうだが、井原さんがなにより嬉しそうに話していたのは、事業を応援してくれる人とのかかわりだった。
「カフェで使うテーブルとイスの製作は地元の鉄骨加工会社が好意で引き受けてくれて、組み立ては50人以上のボランティアで行いました。お店のなかに何種類かのカエデの苗を展示しているんですけど、その苗は地元の方が育てたもので、定期的にお店に来ては入れ替えてくれるんです。エバポレーターは薪の火を使うのですが、薪も地元の方が提供してくださいます。こういう関係を通して、メープルベースが地域の人たちに支えられているのが嬉しいですね」
メープルベースがお客さんにとって秩父のカエデや「和メープル」を知る起点になっているのはもちろん、関係者や事業を応援してくれる人にとっても大切なベース=基地にもなっているのだろう。そして、井原さんが最初に望んだように「発信源」にもなっている。
今年2月5日、「秩父 和メープルプリン」が発売された。これは秩父の森の保全活動に共感した協同乳業の新商品で、その名の通り、秩父産のメープルシロップを使用し、売り上げの一部が秩父の森林保全に還元される。井原さんは、メープルベースの代表、そしてNPO法人「秩父百年の森」のメンバーとして、この商品の開発にも携わった。秩父のメープルシロップが大企業に採用されたのはもちろん初めてのことで、NPOや樹液を販売する組合にとっても活動を支える心強い存在になる。
メープルベースでも、2月の末頃から再びエバポレーターが稼働し、採れたばかりの樹液からメープルシロップが作られるという。きっと、ログハウスのなかには甘くて優しい匂いが立ち込めるだろう。その瞬間に立ち会いたくて、なにより滋味豊かな秩父産のメープルシロップを味わいたくて、いつ再訪しようかとカレンダーを眺めている。
川内イオ