未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
107

秩父の山奥で進むカエデ革命

甘くて深いメープルシロップの物語

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.107 |10 February 2018
この記事をはじめから読む

#6起点、基地、発信源

メープルベースの看板に使用している鉄板も地元企業が提供してくれたそう。

 取材に訪れた日、実は折からの降雪でメープルベースは臨時休業だった。しかし、行ってみたいという僕の無茶ぶりに応えて、井原さんが特別にお店を見せてくれた。

 メープルベースの前庭には、秩父に生えている21種類のカエデが植えられている。また、入り口を入ってすぐのスペースには樹液の採取方法の説明や、カエデの葉を展示。ショップには、秩父のカエデの樹液やメープルシロップを使った商品などが並び、カフェスペースからはエバポレーターで樹液を煮詰める工程が見えるようになっている。昨春、エバポレーターをフル稼働させて40キロほど作った秩父産のメープルシロップは大人気で、すぐに売り切れてしまったそうだ。カフェの名物は秩父で採れた季節の果物を使ったパンケーキで、ほかに秩父のカエデの樹液を使った「樹液紅茶」などが販売されている。

 オープンからおよそ2年。いまでは観光バスで団体が訪ねてくるほどその名を知られるようになり、経営も安定してきたそうだが、井原さんがなにより嬉しそうに話していたのは、事業を応援してくれる人とのかかわりだった。

「カフェで使うテーブルとイスの製作は地元の鉄骨加工会社が好意で引き受けてくれて、組み立ては50人以上のボランティアで行いました。お店のなかに何種類かのカエデの苗を展示しているんですけど、その苗は地元の方が育てたもので、定期的にお店に来ては入れ替えてくれるんです。エバポレーターは薪の火を使うのですが、薪も地元の方が提供してくださいます。こういう関係を通して、メープルベースが地域の人たちに支えられているのが嬉しいですね」

 メープルベースがお客さんにとって秩父のカエデや「和メープル」を知る起点になっているのはもちろん、関係者や事業を応援してくれる人にとっても大切なベース=基地にもなっているのだろう。そして、井原さんが最初に望んだように「発信源」にもなっている。

ショップ内ではカエデの樹液を使った商品のほか、秩父のNPOと高校が共同開発し、井原さんの会社でリブランディングした「秘蜜」も販売。これは、蜜蜂に花の蜜と合わせて果物や野菜の果汁を与えることで作られた新しい蜜で、「第3のみつ」として特許も取得している。

 今年2月5日、「秩父 和メープルプリン」が発売された。これは秩父の森の保全活動に共感した協同乳業の新商品で、その名の通り、秩父産のメープルシロップを使用し、売り上げの一部が秩父の森林保全に還元される。井原さんは、メープルベースの代表、そしてNPO法人「秩父百年の森」のメンバーとして、この商品の開発にも携わった。秩父のメープルシロップが大企業に採用されたのはもちろん初めてのことで、NPOや樹液を販売する組合にとっても活動を支える心強い存在になる。

 メープルベースでも、2月の末頃から再びエバポレーターが稼働し、採れたばかりの樹液からメープルシロップが作られるという。きっと、ログハウスのなかには甘くて優しい匂いが立ち込めるだろう。その瞬間に立ち会いたくて、なにより滋味豊かな秩父産のメープルシロップを味わいたくて、いつ再訪しようかとカレンダーを眺めている。

このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.107

川内イオ

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。