未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
107

秩父の山奥で進むカエデ革命

甘くて深いメープルシロップの物語

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.107 |10 February 2018
この記事をはじめから読む

#2なぜ秩父でメープルシロップ?

「伐らない林業」にポテンシャルを感じ、外資系家具メーカーを辞めて起業した井原さん。寒そう。

 秩父出身の井原さんは、就職を機に上京。外資系家具メーカーで充実した日々を送っていたが、ある日、ふと思った。

「私、このままでいいのかな?」

 社会人なら誰でも一度は経験があると思う。漠然とした不安と焦燥感を抱いている時、思い浮かんだのが「メープル」だった。

「秩父にはカエデがたくさんあって、メープルシロップを作っていることは、なんとなく知っていました。それが気になって調べてみたら、『秩父百年の森』というNPOが中心となって活動をしていることを知って、そこが主催しているエコツアーに参加したんです」

 緑豊かな秩父の山には、日本にあるカエデ全28種類のうち21種類が自生している。カエデの樹液は、メープルシロップの原料になる。しかも、秩父の山の滋養によって、カナダのカエデの樹液には含まれていないカリウムやカルシウムといったミネラルが含まれている。

 この貴重な天然資源を活用しようと、秩父の森の保全活動をしてきた「秩父百年の森」と林業関係者が中心となって、2012年に秩父樹液生産協同組合が設立された。そして、「秩父百年の森」が「和メープル」と名付けた樹液を買い取り、商品開発と販売を担っているのが秩父観光土産品協同組合だ。2013年9月、井原さんが参加したエコツアーでは、なぜ秩父でメープルシロップなのか、という説明があった。

「一般的に、いま秩父の林業者が木を一本切って売っても収入は1000円に満たないと言われています。そんな金額では誰もやりたがらないから、森が荒れてしまう。一方のカエデは秩父樹液生産協同組合が一年に一度、一本の木から20リットルほど樹液を採取して秩父観光土産品協同組合に卸していますが、木の所有者から樹液を買い取るという形をとっていて、カエデの木1本あたり手数料を除いた数千円程度は所有者の手元に残るようにしています。しかも、樹液は毎年取れるから、カエデがあるだけで定期収入になる。自生しているカエデを活用しつつ、さらに山にカエデを植林して、これまでの『伐る林業』から『伐らない林業』に転換して森を育てるという活動でした」

このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.107

川内イオ

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。