秩父出身の井原さんは、就職を機に上京。外資系家具メーカーで充実した日々を送っていたが、ある日、ふと思った。
「私、このままでいいのかな?」
社会人なら誰でも一度は経験があると思う。漠然とした不安と焦燥感を抱いている時、思い浮かんだのが「メープル」だった。
「秩父にはカエデがたくさんあって、メープルシロップを作っていることは、なんとなく知っていました。それが気になって調べてみたら、『秩父百年の森』というNPOが中心となって活動をしていることを知って、そこが主催しているエコツアーに参加したんです」
緑豊かな秩父の山には、日本にあるカエデ全28種類のうち21種類が自生している。カエデの樹液は、メープルシロップの原料になる。しかも、秩父の山の滋養によって、カナダのカエデの樹液には含まれていないカリウムやカルシウムといったミネラルが含まれている。
この貴重な天然資源を活用しようと、秩父の森の保全活動をしてきた「秩父百年の森」と林業関係者が中心となって、2012年に秩父樹液生産協同組合が設立された。そして、「秩父百年の森」が「和メープル」と名付けた樹液を買い取り、商品開発と販売を担っているのが秩父観光土産品協同組合だ。2013年9月、井原さんが参加したエコツアーでは、なぜ秩父でメープルシロップなのか、という説明があった。
「一般的に、いま秩父の林業者が木を一本切って売っても収入は1000円に満たないと言われています。そんな金額では誰もやりたがらないから、森が荒れてしまう。一方のカエデは秩父樹液生産協同組合が一年に一度、一本の木から20リットルほど樹液を採取して秩父観光土産品協同組合に卸していますが、木の所有者から樹液を買い取るという形をとっていて、カエデの木1本あたり手数料を除いた数千円程度は所有者の手元に残るようにしています。しかも、樹液は毎年取れるから、カエデがあるだけで定期収入になる。自生しているカエデを活用しつつ、さらに山にカエデを植林して、これまでの『伐る林業』から『伐らない林業』に転換して森を育てるという活動でした」
川内イオ