未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
56

空から桜が見えますか 〜『いわき回廊美術館』を作った男たち〜


福島県いわき市

福島県いわき市に、とんでもなくでっかい野望を持った男たちがいる。
それは、彼らの言葉を借りれば、桜で「時代の物語」を作ること。
舞台となる山の一角に、『いわき回廊美術館』という名の野外施設がある。
そこもまた壮大なる計画の一部らしいのだが……。
ぽかぽかとした秋の午後、美術館を訪ねて立役者となった人々の27年の軌跡、
いや、奇跡の物語を聞いた。

文= 川内有緒
写真= 川内有緒(特にクレジットがあるもの以外)
未知の細道 No.56 |10 December 2015
  • 名人
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福島県

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#1龍が住む山

 ツリーハウスに登ってみると、うねうねと伸びる長いその回廊は、大地を這う龍のように見えた。龍が向かう先には、気持ちよくぱーんと開けた高台があり、どこまでも続く田畑が一望できる。ここは、2013年にオープンした『いわき回廊美術館』である。
 高台では、穏やかな秋の日差しの中で、一隻の廃船がたたずんでいた。かつて漁師たちと一緒にカムチャッカ半島まで旅したサケマス船だ。漁船としての役割を終え、いわきの砂浜に長い間埋まっていたところを掘り出され、21年前にアート作品として生まれ変わった。公園や美術館をめぐった後に、この故郷の地に戻ってきた。作者は、蔡國強(さいこっきょう)。
 彼は、現代美術界のスーパースターである。グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)やスミソニアン博物館(ワシントンDC)といった名だたる美術館で展覧会を行い、祖国・中国で北京オリンピックが行われた際には、開会式・閉会式の視覚芸術監督を担った。日本でも人気が高く、2015年だけでも横浜美術館や大地の芸術祭(新潟)など三つの展覧会で作品が展示された。
 その彼だが、実は4ヶ月だけいわきで暮らしていたことがある。その時に生まれたのがこの廃船の作品だ。


「作品のコンセプトは『かいこう』だぁ」
 志賀忠重さんは、福島訛りの語尾が上がるイントネーションでそう説明した。優しい笑顔はまるでお地蔵さんのようで、顔を見ているだけでほっとする。二十年前、蔡さん(と志賀さんは呼ぶ)から頼まれて、この大きな船を砂中から引き上げた。
「『邂逅(かいこう)』、つまり出会いですね!」と私はしったかぶりの優等生のように答えた。
「いんや、違うんだぁ。廻る光で、『廻光(かいこう)』だ。朽ち果てた船が作品として再びよみがえる、そういう意味だなぁ」
 めぐる光かあ。その時、なぜか光がクルクルと周り続ける灯台のイメージが頭に浮かんだ。作品のモチーフが船だからかもしれない。
 キャップをかぶり、青いつなぎの作業服を着込む志賀さんは、アート関係者というよりも、土木作業中の“おっちゃん”である。しかし彼こそが、蔡さんと共にこのいわき回廊美術館を作った人なのだ。


志賀忠重さん。自分たちで作ったツリーハウスのテラスにて。
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未知の細道 No.56

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。