未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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空から桜が見えますか

〜『いわき回廊美術館』を作った男たち〜

文= 川内有緒
写真= 川内有緒(特にクレジットがあるもの以外)
未知の細道 No.56 |10 December 2015 この記事をはじめから読む

#8時代の物語が始まった

 海に火を走らせたいのです、蔡さんはそう説明した。それは、宇宙との対話をするために沖合で火薬を爆発させ、地球の輪郭を描くというアイディアだった。コードネームは「地平線プロジェクト」。
 準備をしようといわきに引っ越してきた蔡さんのために、志賀さんは海が見える一軒家を見つけた。そこを拠点に、絵や立体などの作品を作りつつ、地平線プロジェクト進めることになった。
 問題になったのは予算だった。蔡さんの作品アイディアはスケールが桁違いに大きく、通常であれば数千万円から億単位の予算が必要になる。しかし、いわき市美術館が用意した予算は2百万円。そこで立ち上がったのが、「地平線プロジェクト実行会」だ。志賀さんもその中心メンバーだった。

 しかし、志賀さんは心配でもあった。限られた予算でこの無謀ともいえるプロジェクトを実現するには、一般市民から多大な協力と理解を得なければならない。しかし、いわきの人々は「芸術なんてわがんね」という人がほとんどだ。
「だからさ、蔡さんに言ったんだよ。芸術は難しいと思われてしまってはいけない。何かわかりやすい言葉で説明できないかなあって。すぐに出てきたのが、こんな言葉だったんだ」  志賀さんはそう私に言うと、回廊に飾られている一枚の写真を指差した。

 

この土地で作品を育てる
ここから宇宙と対話する
ここの人々と一緒に時代の物語をつくる

 たった三行に、作品への想いがシンプルに力強く表現されていた。とりわけ、「ここの人々と一緒に」という文言はみんなの心に届いたに違いない。そうか、一緒に作るのか、そういうことか、と腑に落ちた人々は、手をつないで歩み始めた。しかし、その道のりは障害物でいっぱいだった。

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未知の細道 No.56

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。