海に火を走らせたいのです、蔡さんはそう説明した。それは、宇宙との対話をするために沖合で火薬を爆発させ、地球の輪郭を描くというアイディアだった。コードネームは「地平線プロジェクト」。
準備をしようといわきに引っ越してきた蔡さんのために、志賀さんは海が見える一軒家を見つけた。そこを拠点に、絵や立体などの作品を作りつつ、地平線プロジェクト進めることになった。
問題になったのは予算だった。蔡さんの作品アイディアはスケールが桁違いに大きく、通常であれば数千万円から億単位の予算が必要になる。しかし、いわき市美術館が用意した予算は2百万円。そこで立ち上がったのが、「地平線プロジェクト実行会」だ。志賀さんもその中心メンバーだった。
しかし、志賀さんは心配でもあった。限られた予算でこの無謀ともいえるプロジェクトを実現するには、一般市民から多大な協力と理解を得なければならない。しかし、いわきの人々は「芸術なんてわがんね」という人がほとんどだ。
「だからさ、蔡さんに言ったんだよ。芸術は難しいと思われてしまってはいけない。何かわかりやすい言葉で説明できないかなあって。すぐに出てきたのが、こんな言葉だったんだ」
志賀さんはそう私に言うと、回廊に飾られている一枚の写真を指差した。
この土地で作品を育てる
ここから宇宙と対話する
ここの人々と一緒に時代の物語をつくる
たった三行に、作品への想いがシンプルに力強く表現されていた。とりわけ、「ここの人々と一緒に」という文言はみんなの心に届いたに違いない。そうか、一緒に作るのか、そういうことか、と腑に落ちた人々は、手をつないで歩み始めた。しかし、その道のりは障害物でいっぱいだった。
川内 有緒