未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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空から桜が見えますか

〜『いわき回廊美術館』を作った男たち〜

文= 川内有緒
写真= 川内有緒(特にクレジットがあるもの以外)
未知の細道 No.56 |10 December 2015 この記事をはじめから読む

#11飛行機からみてもわかるくらいに

 震災が起こるとすぐに、蔡さんは自身の作品をオークションにかけ、家や仕事を失ったいわきチームに送金した。そして実際にいわきにやってくると「どこかに空いている家はないですか、そこを美術館にしましょう」と提案する。それを聞いた志賀さんは、「いやあ、お金もかかるし、もっと手軽な感じがいいんじゃないですか」と答えた。すると帰る直前になって蔡さんは一枚のスケッチを志賀さんに見せた。
「回廊はどうですか。中国では昔は回廊に絵を展示して、それが画廊になったんですよ」
 蔡さんらしい大胆な再提案だった。
 龍のように曲がりくねった回廊。里山に囲まれた緑溢れる空間。音楽を聞いたり、お餅をついたりする場所。
 それは、楽しいかもしれないなあと志賀さんは思った。いわきと蔡さんの物語は、海から山に舞台を移した。そして、山を伐採した地元の木々と400人のボランティアの働きによってこの回廊美術館が生まれた。

 2013年のオープンの日は、蔡さんも火薬ドローイングの公開パフォーマンスを行い、大勢の人で賑わった。志賀さんは、プロジェクトのHPに想いのたけを書いた。

万が一いわきに住めなくなった時でさえ、いわきの土地を愛していた人達の気持ちが伝わるくらい、沢山の桜の木を植えたいと思っています。飛行機から見てもわかるくらいたくさんの思いを込めた木を植えたいです。

 いま美術館をとりかこむ山々には、3千本の桜が植わっている。歩いて回ろうと思えば本格的なハイキングシューズが必要になるほど広い。週末ともなれば、いわき内外からボランティアが三々五々現れて、草刈りや、遊歩道の整備、薪割りを手伝っていく。このプロジェクトは、まるで巨大な生き物のように成長しつづけている。  そして、あの地平線プロジェクトの時に苦労して掘り出した廃船も、縁あってここに戻ってきた。あ、やっぱり灯台なのだと思った。日本をぐるりと照らした光が、再びいわきに戻ってきた気がしたのだ。


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未知の細道 No.56

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。