未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
56

空から桜が見えますか

〜『いわき回廊美術館』を作った男たち〜

文= 川内有緒
写真= 川内有緒(特にクレジットがあるもの以外)
未知の細道 No.56 |10 December 2015 この記事をはじめから読む

#13そして、To be continued……

 帰る直前に、ツリーハウスに登らせてもらった。屋根の上からは遥かな地平線が見事な夕焼けに包まれていた。夕焼けの向こうには、蔡さんが対話をしたいと望んできた宇宙があって、おーい! おーい! と遠くにいる誰かに呼びかけたくなる。  もし、この美術館に行く人がいたならば、蔡さんのあの言葉を見つけてほしい。

この土地で作品を育てる
ここから宇宙と対話する
ここの人々と一緒に時代の物語をつくる

 時を経て、この言葉はますます強烈なメッセージを放つ。まさに今、ひとつの「時代の物語」が生まれようとしている。
 9万9千本の桜がいっせいに花を咲かせたら、宇宙、あの遠い遠い空からも見えるだろうか。もしそうだとしたら、いわきは不毛の大地などではなく、命があふれる恵みの地に見えることだろう。
 そして、桜の海に浮かぶあのサケマス船。今やその骨組みすらもゆっくりと朽ち果てようとしている。あの船を想い浮かべると、いつも灯台の光がまぶたの中を廻る。いい時も、悪い時もひとつの道標になる力強い灯り。
 蔡さんは、地平線プロジェクトから13年後に、テレビ番組の中でこう話したそうだ。

いわきの人たちと協力して成功させた地平線プロジェクトは、決して忘れることのできないことです。あれは、いまの僕の原点とも言えます。実践することの聖域です。

 蔡さんにとっては、いわきこそが出航の地を指し示す灯台なのだ。だから世界的なアーティストになった今でも、桜前線をチェックして、毎年この場所に戻ってくる。  いわきの時代の物語は、これからもずっと続いていく。いつしか高台の船も崩れ落ちて、大地に戻る日がくるだろう。その頃には、たくさんの怒りと悲しみはめぐりめぐって、かわるかもしれない。一条の光に。

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未知の細道 No.56

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。