出会いから6年後の1994年、蔡さんは「中国に遊びにきませんか」と志賀さんを誘った。当時の蔡さんは、宇宙との対話をコンセプトに、地球規模の巨大な作品を製作していた。そのひとつが、万里の長城の終点・嘉峪関から1万メートルもの導火線を敷設し、火薬を爆発させることで長城を“延長”させるというもの。その現場である嘉峪関にこないかという誘いだった。じゃあ、行ってみっかと志賀さんは渡航を決めた。きっと作品に興味を持ったのだろう。
「いんやあ、蔡さんがいつも持ってきてくれるお茶がおいしいから、買いに行ったんだあ」とさらりと言うので、私は大笑いした。
色々ありながらも、とにかく万里の長城延長プロジェクトは無事に終了。その帰りのマイクロバスの中で、蔡さんはこう囁いた。
志賀さん、今度はいわきで何かやりましょう。いわきは海ですから、海で何かやりましょう!
その時、いわきと蔡さんの物語は、プロローグから本編に入った。いわき市立美術館で蔡さんの個展が行われることが決まったのだ。彼にとって日本初の公立美術館での展示である。
川内 有緒