未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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空から桜が見えますか

〜『いわき回廊美術館』を作った男たち〜

文= 川内有緒
写真= 川内有緒(特にクレジットがあるもの以外)
未知の細道 No.56 |10 December 2015 この記事をはじめから読む

#3海が見える場所に桜を

約三千人が植樹の会に参加。デンマークや中国など他国からの参加者も少なくない。(撮影:小野一夫)

 海が見える山、そこからすべてが始まった。
 それは、山々に桜を植樹し、世界一の桜の名所を作るという大計画である。この回廊美術館は、その万本桜プロジェクトに付随する施設なのだ。
「植樹する桜の数は、9万9千本!」というので、すっかり面食らった。ちなみに都内有数の桜スポットである上野恩寵公園ですら、桜の数は約7百本。桁が二つも違うのだ。
 毎月一回、夏を除く8ヶ月の間、近辺の山々で植樹の会が開かれる。会には、誰でも参加できる。基本的には、自分でスコップをふるい苗木を植えるが、代行も頼むことができる仕組みだ。植えた桜には木札がかけられ、名前と願い事を書きつける。
 毎日を笑顔で過ごしたい。病気を治して旅をしたい。成績がありますように。お金持ちと結婚したい。願いごとはそれぞれだ。
 今のところ年間4百本のペースで植樹が進み、現在までに桜の数は3千本になった。

 ロマンチックなアイディアにも聞こえる万本桜プロジェクトだが、その背景にあったのは、怒りだったと志賀さんはいう。
「(東日本大)震災後、一時的に食料やガソリンがない時があって。運転手が放射能あるところに行きたくないって言ってるって聞いてさあ。腹たったよねえ。なんでだあ、みたいな。東京のために電気作ってたのに、ここは『行きたくない』って言われるような場所になってしまったんかって」
 ふつふつと湧いてくる怒りを胸に、志賀さんは軽トラックにマキを積み、避難所でカレーを作って配り続けた。パンと水だけで何日もしのいでいた人々は、久しぶりの湯気が上がる食事にとても喜んだ。
 志賀さんは、悔しかった。他のところにはモノが溢れているのに、いわきにも何も届かない。大事に作った野菜も山菜も子どもたちに食べさせることができない。
「だから、ここにも何か残したくなったんだぁ」

 震災後の五月、仲間と一緒に海が見える山に登り、桜の苗を植えた。汗をかいて作業を終えると、胸が少しだけ軽くなったように感じた。
 小さな桜が可憐な花をつけると、山の地主である92歳のおじいさんは、「嫌な時代になったと思ったけど、これじゃあ長生きしなきゃな」と喜んだ。
 その時、そうだ、ここを桜の名所にしようという構想が生まれた。どうせ目指すなら世界一だ。植樹の目標は、中国で永遠の循環を表す「99」にちなんで、9万9千本に決めた。


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未知の細道 No.56

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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