しかし志賀さんは、今は大勢の観光客を集めることがここの目的ではないという。
「いま来て欲しいのは、草刈りとか、植樹をするとか、自分の体を使って物事を感じたいという人だけだな。たくさんの人が来て騒がしくなっても、近所迷惑なだけだ。いまは、このプロジェクトがストップしてしまうのが一番困るんだ。観光客が来るのはもっとプロジェクトが進行した、そうだな、30年後くらいがちょうどいいんだ」
なるほど、言いたいことわかりますけどムリですよ、と私は苦笑した。こんなに魅力的な場所を無料で公開したら、みんな来ちゃうに決まってるじゃないですか。
しかし、そこに続いた志賀さんの言葉には、ぐうっと胸が詰まった。
「……これは自分の精神を穏やかにするものであって、お客さんに来てもらうためのものではないんだ。怒りを鎮めていくものなんだ」
ああ、この地には、想像を絶するような不安、怒り、後悔、そして悲しみが雪のように日々降り積もる。私も、母がいわきの出身なので、ほんの少しだけだがその痛みを共有している。しかし、と志賀さんは穏やかに言った。誰かが小さな苗木を植えるたびに、その怒りが静まっていく気がするんだよ……。
「桜を一本植えたら、500年の寿命がある。桜を植える瞬間は、誰もがその瞬間に“ここ”にいて、将来に思いを馳せることができる。この先どういう手を施していけば、500年先にも花を咲かせるかなって考えるでしょ。そういうスタート地点を提供できるかなって思ってる。世界一の名所っていうのは、個人個人のそういうエネルギーを持ってる名所っていうのもあんだよ。だから、一人で10本植えたいとかいう人には、あんたに必要なのはそういうエネルギーじゃないんだよ。数は少なくともしっかり考える足かがりになってくれと。そういうことだ」
何時間も話を聞いて、ようやく私は志賀さんの胸のうちにそっと触れた気がした。確かに、この場所は素晴らしい力に満ち溢れている。それは、目には見えないけれど、確かに感じることができる。3千人が汗を書きながら未来を想像したこと。子どもたちが絵を書いたこと。みんなが笑いながらツリーハウス作ったこと。そういうすべてが、大きなエネルギーに転換されて、優しく大地を包みこむ。
だからこの先も、プロジェクトに公的資金を入れようという発想は一切ない。
「小銭もらってあーだら、こーだら言われんのやだべ。3千万(円)、4千万(円)くらいで、こんなに楽しいことにツベコベ言われたくないべ!」
ブラボー!と心の中で拍手喝采した。
川内 有緒