未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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空から桜が見えますか

〜『いわき回廊美術館』を作った男たち〜

文= 川内有緒
写真= 川内有緒(特にクレジットがあるもの以外)
未知の細道 No.56 |10 December 2015 この記事をはじめから読む

#5お金がなくてもまったく問題ないよね

 現在65歳になる志賀さんは、いわきの農家に生まれた。戦争が終わった直後の貧しい時代で、家族が農作業をしいる間は、野山を駆けまわったり、自分たちで遊びを考案したりして楽しんだ。
「生きるのに必要なものはなんでも作れるよ。柚子胡椒、干し柿、なんでも。親父が農家だったから、木を切るとか、家を直すとか、全部自分でやるのが当たり前。できないことがマズイみたいな」
 だから手先がとても器用で、美術館に二箇所あるツリーハウスやブランコもすべて自作だ。設計図はない。「ここどうすんだべ」「あそこ、どうすっか」と仲間と試行錯誤するのが楽しくてしかたがない。そんな賑やかな手作業に惹かれて、多くのボランティアが集まってくる。志賀さん流の人生の楽しみ方が、強い引力になっているのだ。
「おーい、こっちきてみ!」
と呼ばれた先には、素晴らしい眺望の露天風呂とサウナが現れた。燃料は薪だ。
「おお! 素敵ですね。誰がここを使えるんですか!?」と聞くと、「会員だけ!」というツレない返答だ。「じゃあ、会員になるにはどうしたらいいんですか」と鼻息荒く聞けば、ハードルが高いのか低いのか、「5回草刈りをすることだ!」とのこと。さすがである。

 実はこの薪のサウナは、志賀さん自身が40年前に作ったものだ。まだ二十代の頃、彼はここに小屋を建て、薪で炊事をし、お金や電力をなるべく使わない自給自足ライフを送っていた。お金がないと本当に人は生きていけないのか、という疑問から端を発した人生の実験だった。
「なんでみんな行きたくもない会社に行って、お金稼いで、休みになったら楽しむ、みたいなことするのかなあって。だったら最初から自由にしていたらいいんじゃないか!みたいな。電気代とかアパート代とか払わなくていい生活を試してみた」
 愛犬だけが仲間の自給自足を5年間も続けて、たどりついた答えは。
「ま、結論は、お金がなくてもまあったく問題ないぞー!みたいな」
  日本が高度成長に向かって一丸となっている時代に、けっこう過激な生き方だったのではないだろうか。そう感想をつぶやくと、彼はキョトンとした。
「そんな客観的に自分のことを見たりしないよね。やりたいことをやるだけ、余分なことを考えない。人からどういう風な判断をされるというのは、余分なことだから。そんなことに時間をとられるよりは、サウナをどんな風に作ったらもっと汗かけるかなあ、みたいなこと毎日考えるんです」

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未知の細道 No.56

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。