ここは、166メートルの回廊とオープンスペースで構成された風変わりな野外美術館だ。入場は無料。回廊には、地元の子供達の絵、そして「蔡國強といわきの仲間の20年間の交流」という写真作品が展示されている。美術館全体をデザインしたのは蔡さんだ。
志賀さんが蔡さんと出会ったのは、27年前のこと。志賀さんは、回廊の写真を眺めながらゆっくりと話を始めた。
「あの、蔡さんの第一印象ってどんなものだったんですか」と私が聞くと、志賀さんは「ん?ええと、印象けえ?」ととぼけたような声を出した。11月の福島にしてはうららかな陽気の午後だった。
多い日は100人以上がここに遊びにやってくる。私が訪ねた日はとても静かで、観光客が数人いる他は、地元の子どもたちが駆け回るだけだった。「楽しかったけ?」と志賀さんは出入りする人々に声をかける。
敷地内には、廃船の作品『廻光−龍骨』を含めて、蔡さんの巨大な作品が三つある。そのほか、野外イベント用のステージやツリーハウス、絶景が見えるブランコなどが点々と配置されている。手仕事で作り上げられた場所が持つ心地よい空気が満ちていて、そこにいるだけで身体に力がみなぎる気がした。
私が最初にこの美術館の存在を知った時、きっと復興資金で作られたのだろうと思ったのだが、その想像は完全なる間違いだった。建設や運営に公的資金は一切入っていない。驚いたことに、ここは蔡さんが描いた一枚のスケッチをもとに、地元の人々がボランティアで作りあげたのだ。建設に関わった人の数は、400人。その作業のすべてをまとめ上げているのが、志賀さんだった。
蔡さんがアイディアを出し、志賀さんたちが作りあげる。そんな二人三脚で、『廻光−龍骨』から、美しい美術館まで色々なものを生み出してきた。
私は、彼らの長い物語を聞きながら、何度も爽快な驚きと大爆笑に包まれた。ここは、ただの片田舎の美術館ではない。やろうとしていることは途方もない。そして、この作業服のおっちゃん、タダモノではない。
実はこれから、彼らは私の想像を遥かに超えた巨大なものをここに作り上げようとしている。それは宇宙から見えるほどのスケールで、名前は「いわき万本桜プロジェクト」という。
川内 有緒