それにしても9万9千というのは途方もない数字だ。
「このままのスピードでいくと、プロジェクトが終わるのは250年後だなあ」
志賀さんはのんびりとした口調でいう。私は、ひえー! とのけぞった。じゃあ、急がないといけないですね!
「だけんども、ひとりで十本、百本を植えてやるなんていう人はゴメンだあ。ひとり一本だけだ」
「えっ!? どうしてですか」
「だってえ、9万9千本“しか”ないんだよ。世界の人口に比べたら少ないよね。それに山を伐採したり、草刈りだけでもこっちは大変なんだよ。だからひとり一本で十分だ」
「それじゃあ、生きている間に完成しないじゃないですか……」
「そんなん関係ないよねえ。早く終わりたいとも思ってないし、ラクしたいとも思ってないし。今はどうやって生きてる間に250年続く活動の基礎を作れるかというのがポイントであって、あと10年で決着をつけようというものじゃないんだあ。それにさ、よーく考えてみよう」と志賀さんは穏やかな口調で話し続けた。「プルトニウムの半減期は2万5千年。一回ちょっとミスすれば2万5千年もかかるんだよ。ね、よく考えれば、250年は短いよね!」
その言葉は、ものすごい現実感で胸に突き刺さった。そうだ、放射能汚染が深刻な場所では人間が住めるのはもう何万年も先のことになる。それに比べれば、確かに250年は短いだろう。世の中をみる尺度が、自分の人生から時代へとクルリと入れかわった瞬間だった。今夜の夕飯! 来週の締め切り! などといつも日常に追われている自分には、めったに味わえない奇妙な感覚だった。
志賀さんのスケールは、宇宙並みにでっかい。国境も時代も越え、見ているのははるか先の未来。ああ、こんな人が日本にいるなんて! もう恐れ入りましたという気分になった。
しばらくすると、私の頭の中はある疑問でいっぱいになった。
志賀忠重さん、あなたはいったい何者なのでしょうか?
川内 有緒