未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
56

空から桜が見えますか

〜『いわき回廊美術館』を作った男たち〜

文= 川内有緒
写真= 川内有緒(特にクレジットがあるもの以外)
未知の細道 No.56 |10 December 2015 この記事をはじめから読む

#4250年のプロジェクト

子どもたちの絵には、蔡さんのコメントもつけられている。

 それにしても9万9千というのは途方もない数字だ。
 「このままのスピードでいくと、プロジェクトが終わるのは250年後だなあ」
 志賀さんはのんびりとした口調でいう。私は、ひえー! とのけぞった。じゃあ、急がないといけないですね!
「だけんども、ひとりで十本、百本を植えてやるなんていう人はゴメンだあ。ひとり一本だけだ」
「えっ!? どうしてですか」
「だってえ、9万9千本“しか”ないんだよ。世界の人口に比べたら少ないよね。それに山を伐採したり、草刈りだけでもこっちは大変なんだよ。だからひとり一本で十分だ」
「それじゃあ、生きている間に完成しないじゃないですか……」
「そんなん関係ないよねえ。早く終わりたいとも思ってないし、ラクしたいとも思ってないし。今はどうやって生きてる間に250年続く活動の基礎を作れるかというのがポイントであって、あと10年で決着をつけようというものじゃないんだあ。それにさ、よーく考えてみよう」と志賀さんは穏やかな口調で話し続けた。「プルトニウムの半減期は2万5千年。一回ちょっとミスすれば2万5千年もかかるんだよ。ね、よく考えれば、250年は短いよね!」
 その言葉は、ものすごい現実感で胸に突き刺さった。そうだ、放射能汚染が深刻な場所では人間が住めるのはもう何万年も先のことになる。それに比べれば、確かに250年は短いだろう。世の中をみる尺度が、自分の人生から時代へとクルリと入れかわった瞬間だった。今夜の夕飯! 来週の締め切り! などといつも日常に追われている自分には、めったに味わえない奇妙な感覚だった。
 志賀さんのスケールは、宇宙並みにでっかい。国境も時代も越え、見ているのははるか先の未来。ああ、こんな人が日本にいるなんて! もう恐れ入りましたという気分になった。
 しばらくすると、私の頭の中はある疑問でいっぱいになった。
 志賀忠重さん、あなたはいったい何者なのでしょうか? 

このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.56

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。