未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
124

いわきの山でトレジャーハンティング

森の宝石とキノコの王様を求めて。

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.124 |25 October 2018
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#3いわきの山からの贈り物

今回訪れた二ツ箭山。以前より山が荒れてきているという。

 武子さんの話を聞いているうちに、車は二ツ箭山(ふたつやさん)に入った。山道をグルグルと登っていくと、次第に伸び放題の雑草や木々でうっそうとした雰囲気になってきた。武子さんが、つぶやくように言う。

 「ここらへんは、山の手入れが間に合ってないんだ。山が荒れるとキノコも出なくなっちゃう。きれいなところじゃないと出てこないですから。汚いところは嫌いなんです」

 なぜ、山が荒れているのか。それは高齢化や人手不足だけが理由じゃない。東日本大震災の時の東京電力福島第1原発事故が影響している。原発事故から7年経った今も、野生のキノコに関しては福島県のほとんどの地域で食品衛生法の基準(1キロ当たり100ベクレル)を上回る放射性物質が検出され、出荷制限が行われているのだ。野生のキノコの出荷制限は青森や山梨まで広がっていて、原発事故の影響の大きさを実感する。

 かつて山菜、キノコなど山の幸に恵まれていたいわきの山も、原発事故で放射性物質に汚染され、様変わりしてしまった。このことについて、実はいわきに向かう直前まで認識していなかったのだけど、いわき出身の友人から指摘を受けて知った。

 武子さんも、原発事故以前はしばしば山に入って採集したきのこを持ち帰り、調理して食べるのが当たり前だったが、今は違うところに楽しみを見出しているという。

 「もともとは猟師の感覚で、獲物を追うというのが醍醐味でした。どういうキノコが採れて、どれが美味しいんだみたいな。でも途中からキノコを食べるのも飽きたし(笑)、キノコのことを知ったほうがおもしろいなということで、素人ながら図鑑を片手にキノコの研究を始めたんです。日本の山は名前がないキノコがごろごろしているんですよ。和名で知られているキノコは2000弱。日本には恐らく6000ぐらいのキノコがあるんじゃないかと言われているから、山に入ると知らないキノコだらけです。初めて見るキノコ、図鑑でしか見たことのなかったキノコに出会ったときは、嬉しいですよ。今はキノコを食べられないけど、研究も楽しいもんです」

冨田さん宅に山積みされているキノコの資料

 トリュフ発見を伝える新聞に武子さんの「僥倖」というコメントが掲載されていたが、確かに原発事故の後も山に入り、アマチュアの研究者として未知のキノコを探し求める武子さんにとって、日本固有のトリュフの発見は僕の想像もつかないほど大きな成果だろう。勝手ながら、僕には長年、いわきの山とキノコを愛してきた武子さんへの、いわきの山からの贈り物だったのではないかと思った。

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未知の細道 No.124

川内イオ

1979年生まれ、千葉県出身。広告代理店勤務を経て2003年よりフリーライターに。
スポーツノンフィクション誌の企画で2006年1月より5ヵ月間、豪州、中南米、欧州の9カ国を周り、世界のサッカーシーンをレポート。
ドイツW杯取材を経て、2006年9月にバルセロナに移住した。移住後はスペインサッカーを中心に取材し各種媒体に寄稿。
2010年夏に完全帰国し、デジタルサッカー誌編集部、ビジネス誌編集部を経て、現在フリーランスのエディター&ライターとして、スポーツ、旅、ビジネスの分野で幅広く活動中。
著書に『サッカー馬鹿、海を渡る~リーガエスパニョーラで働く日本人』(水曜社)。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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