武子さんの話を聞いているうちに、車は二ツ箭山(ふたつやさん)に入った。山道をグルグルと登っていくと、次第に伸び放題の雑草や木々でうっそうとした雰囲気になってきた。武子さんが、つぶやくように言う。
「ここらへんは、山の手入れが間に合ってないんだ。山が荒れるとキノコも出なくなっちゃう。きれいなところじゃないと出てこないですから。汚いところは嫌いなんです」
なぜ、山が荒れているのか。それは高齢化や人手不足だけが理由じゃない。東日本大震災の時の東京電力福島第1原発事故が影響している。原発事故から7年経った今も、野生のキノコに関しては福島県のほとんどの地域で食品衛生法の基準(1キロ当たり100ベクレル)を上回る放射性物質が検出され、出荷制限が行われているのだ。野生のキノコの出荷制限は青森や山梨まで広がっていて、原発事故の影響の大きさを実感する。
かつて山菜、キノコなど山の幸に恵まれていたいわきの山も、原発事故で放射性物質に汚染され、様変わりしてしまった。このことについて、実はいわきに向かう直前まで認識していなかったのだけど、いわき出身の友人から指摘を受けて知った。
武子さんも、原発事故以前はしばしば山に入って採集したきのこを持ち帰り、調理して食べるのが当たり前だったが、今は違うところに楽しみを見出しているという。
「もともとは猟師の感覚で、獲物を追うというのが醍醐味でした。どういうキノコが採れて、どれが美味しいんだみたいな。でも途中からキノコを食べるのも飽きたし(笑)、キノコのことを知ったほうがおもしろいなということで、素人ながら図鑑を片手にキノコの研究を始めたんです。日本の山は名前がないキノコがごろごろしているんですよ。和名で知られているキノコは2000弱。日本には恐らく6000ぐらいのキノコがあるんじゃないかと言われているから、山に入ると知らないキノコだらけです。初めて見るキノコ、図鑑でしか見たことのなかったキノコに出会ったときは、嬉しいですよ。今はキノコを食べられないけど、研究も楽しいもんです」
トリュフ発見を伝える新聞に武子さんの「僥倖」というコメントが掲載されていたが、確かに原発事故の後も山に入り、アマチュアの研究者として未知のキノコを探し求める武子さんにとって、日本固有のトリュフの発見は僕の想像もつかないほど大きな成果だろう。勝手ながら、僕には長年、いわきの山とキノコを愛してきた武子さんへの、いわきの山からの贈り物だったのではないかと思った。
川内イオ