その一方で、御利益がリアルで生々しい金運開運、商売繁盛ということが面白い。東北三大霊場のうち、恐山も出羽三山もどちらかといえば静謐で「死」や「異界」を想起させるけど、金華山という名前も、黄金山神社という名前も、華やかでキラキラしている。
それはもちろん、「日本で初めてゴールドが取れた場所」で、金銀財宝を司る神様や弁財天が奉られているという歴史があるからなのだけど、天柱石の近くに落ちていた寛永通宝を思い出すと、無数の人が金運アップを祈願し、そのうちの何人かが成功してお礼参り来る、というサイクルが数百年も続くことで、聖地であることと金銭に絡む人間の欲が両立していったのだろう。そういえば、境内に「相生の松と楓」と名付けられた、松と楓が絡み合うように成長した大木が祀られていたなあ。
西村さんに鹿や蛇について話を聞いていたついでに、「今日、2回も蛇を見たんですよ」と思わず自慢したら、「信者さんには、ご商売されている方が多いんですが、蛇を見ると商売が上向きになると言いますね。だから、蛇を見たくて見たくてしょうがないという人もいるんですよ」と笑っていた。
金運開運、商売繁盛を目指して蛇を必死で探す人の姿は滑稽だけど、蛇の写真を撮りまくっていた自分を振り返れば、みな同じ。
金華山は聖地、神域と言われるけど、畏まった場所というよりは、日本人ならでは信心深さと、それと裏腹の人間の欲深さも受け入れてくれる、懐の深い島なのだ。
翌朝、6時に起きて、平安時代から続くという「大護摩祈祷」を受けた。僕一人だけのために神職の方々が集い、執り行われた儀式はとても厳かで、大祓詞を神主さんたちと一緒に奉唱し、護摩木が燃え上がる様子を眺めていると、確かに心身が清められた気がした。
川内イオ