新潟県十日町市
新潟の豪雪地帯の集落に、夢を見るための古民家がある。不思議な儀式をこなし、変わったベッドで眠り、朝起きたら見た夢を黒い本に書きつける、というのがこの家のルール。これは、旧ユーゴスラビア出身のアーティストが産み落とし、集落の人が長年大切に育ててきた宿泊可能なアート作品、「夢の家」の体験ルポである。
最寄りのICから関越自動車道「六日町IC」を下車
最寄りのICから関越自動車道「六日町IC」を下車
私が、初めてその家を知ったのは、第六回目(2015年)を迎えた新潟・越後妻有の「越後妻有アートトリエンナーレ(以下、「大地の芸術祭」)」を訪れた時のことだった。友人たちと公式ガイドブックを片手に山間に点在するアート作品をゲーム感覚で探していた。
「近くに『夢の家』っていう作品もあるみたいだけど、見る?」
運転する友人にそう言われ、私はなんとなく「うん、行ってみたい」と答えた。ロマンチックな名前に心が惹かれたのだ。
車窓に時折映る美しい棚田に目を奪われながら、作品の場所にたどり着く。現れたのは、周囲の重力までズシンと重くしてしまうような存在感に溢れた古民家だった。その時私は、一体何に足を踏み入れようとしているのかまるで理解していなかった。
受付には地元住民と思しき年配の女性がいて、気さくに話しかけてきた。
「二階にはベッドがあるので、よかったら実際に横になってみてくださいね」
ベッドね、ふーん、と思いながら、展示を見て回った。
パッと見た限り、普通の日本家屋に見えた。足を踏みいれてみると、カラフルな宇宙服のようなものがぶらさがり、「火山の頂で口を開けろ」などと呪いの言葉のようなものが壁に殴り書きされているあたりは、ちょっと奇妙ではあるが、現代アートと思えば特段驚くようなものはない。
しかし、二階に上がると、ぎょっとして足がすくんだ。
窓にセロハンでも貼ってあるのだろうか。部屋全体が鮮烈な赤い光に包まれている。畳の上には、予告通りにベッドがあったが、それは棺桶そのものの形で、中には黒い石の枕が置いてあった。
ためらいながらも、中に寝そべって見る。
視界いっぱいに燃えるような赤が広がった。自分がすでに死んでしまったようで、「気持ちが悪いなあ!」と言いながら、すぐに起き上がった。
その時、枕元に置かれた「夢の本」という分厚いノートに気がついた。
パラパラとめくると、「他の部屋に泊まっている友人が怖くて眠れないからこっちで一緒に寝てもいいかと聞きにくる……という夢を見た」「とてつもなく恐ろしい夢を見てしまった」などとペンで書いてある。
え、どういうこと? これって本物の夢が書いてあるの?
受付にとって返し、「あのベッドって、もしや本当に泊まれるんですか?」と聞くと、「ええ、毎日のようにお客さんがここで眠っているんですよー。ぜひ今度泊りにいらしてね。ネットで予約できますから」と民宿に招くような口調で言うではないか。
えええ!? なんとここはアート作品であると同時に宿泊施設なのだ。
そうか、ここは夢を見るための巨大な装置、というわけか————。すると、壁にかかっていたあの奇妙な服や壁の言葉が、急に自分の中で意味をなし始めた。
————面白いなあ。
その時私は、いつかもう一度ここに来よう、そして夢を見ようと心に決めた。なぜだかはわからないが、この奇妙な作品に参加したくなったのだ。
そして、初夏の朝、上越新幹線に乗り、「夢の家」に向かった。
川内 有緒