未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
71

夢を見にいらっしゃい。

新潟・越後妻有の「夢の家」の不思議な体眠記

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.71 |25 May 2016
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#9夢はテレパシー

 目が覚めた。
 時計を見ると、十二時半だった。あああ、と棺桶の中で首を回す。背中と首がひどく痛い。この時点は、私は石の枕もリタイアした。ごめんなさい、マリーナ。
 その時、風の音もしないのにチリーン、チリーンと風鈴の音が聞こえてきた。微弱な音ながら、断続的に鳴り続いている。
 チリーン。チリーン。
 さっきまで風鈴なんか鳴ってなかった気がするけど………?
 こうなるとあらゆることが気になりだし、妄想ばかりがずんずんと一人歩きを始める。例えば、寝ている間に、誰かがこの箱型ベッドに蓋をしてしまったらどうなるか、というようなことだ。ありえないのに、考えれば、考えるほど背筋がゾーッとする。
 こりゃ、ダメだ。
 よし、一回気分をリセットしようと思い直し、電気をつけて、枕元から「夢の本」を取り出して読み始めた。

「昔の優しい彼氏がでてくる夢や延々と見た。やっぱり優しい人だった……」 「最初の一時間以外全くねれなかった。とても不快な朝を迎えた……」

 誰かの思考の宇宙に入り込んでいるようで面白い。人によっては、イラストつきで図解している人もいる。気がつけば、ずいぶん夢中になって読んでいた。

 

 それにしても、なぜ人はお金を払ってまでこの場所に来るのだろう。
 私は、「テレパシー・テレフォン」という、一見ふざけたような壁の言葉を思い出していた。テレパシーとは、心理学の世界では「超感覚的知覚」と言われ、夢や虫の報せといったものもここには含まれる。もしかしたら人は、“夢”というものを通じて、普段は見えない“何か”と交信したがっているのかもしれない。それとも、自分自身か。

 「夢の本」を読んでいるうちに気分が落ち着き、再び電気を消した。雨が降り始めたようで、屋根に当たる雨音が家全体に響いた。
 その優しい雨が、流れを変えてくれた。
 雨音を聞いているうちに、この家が、むしろ私を守ってくれているように感じた。私は、しばしこの豪雪の村での厳しい営みに想いを馳せていた。
 冬、ここはどんな世界になるのだろう————。
 人々はどうやって猛威を振るう自然と向かってきたのだろう。さっき見た棚田は確かに素晴らしいけれど、あの田んぼを作るのはさぞかし大変なことだろう。
 ああ、私は、何を恐れていたのだろうかと思った。ここは、人が暮らす場所なのだ。
 深呼吸を繰り返すと、体はどんどんリラックスしていき、再び眠くなった。

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未知の細道 No.71

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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