さて、いよいよ、チェックインの時間がやってきた。「夢の家」の定員は4名だが、この日の宿泊客は私だけだ。
ここでは、普通のホテルのチェックインなどとはまるで異なり、一つ一つの部屋どう使うべきかが細かく指示される。
お風呂は「清めの部屋」と呼ばれ、何分間、どんな姿勢でお風呂に入るかも決まっている。家には、その他に「着替えの部屋」、過去に書かれた夢の本が読める部屋「夢の図書館」などがある。マリーナによる壁の殴り書きは「精神の料理レシピ」と呼ぶそうだ。さらには、家のあちこちに、「テレパシー・テレフォン」などと書かれた古い黒電話や、モノクロの写真、すすけた神棚があって、正直に言えば少しホラーっぽい。
二階には赤、青、緑、紫をテーマカラーにする四つの寝室があり、それぞれにあの棺桶のようなベッドが置かれている。窓ガラスがそれらの色に加工されていて、光を浴びると部屋がその色に染まる仕組みだが、夜は幸か不幸かほとんど色がわからない。
「着替えの部屋」には、それぞれの部屋に対応する色の寝るための服(宇宙服みたいなやつだ)があり、ご丁寧にも巨大な手袋まで付いていた。
「手袋って、暑そうですね」
「ええ、鍋つかみみたいですねえ」
そう受け答えする恵美子さんは、どこか遠い国の芝居に出演している人のように見えてくる。
「ご飯はこの部屋で、この御膳を出して食べていただきます」
説明を続ける恵美子さんが指差した先には、時代劇でしか見ないような一人用の黒の漆乗りの御膳が戸棚にしまわれていた。
「必ず御膳で食べるんですか?」
私が驚いて質問するたびに恵美子さんは、「ええ、変わってますよね?」と少し嬉しそうに答える。
一通りの説明を終えると「それでは」と恵美子さんは自宅に帰っていった。
うーん、こんなに広い古民家にたった一人か…… 。
ひたすら静かだった。都会育ちの私には、落ち着かないこと極まりない。
そうだ、とりあえずはご飯を食べようと思い付き、なめこと油揚げを入れたそばを自分で作り、お膳で食べ終えた。
腹ごしらえが住むと、一人きりの長い、長い一夜が始まった。
川内 有緒