未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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職業欄は冒険家!?

山形の大自然が生んだ冒険家・大場満郎さんの「死ぬまで輝いた目で生きる」という人生の挑戦

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.129 |10 January 2019
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#11冒険家のバトンは続く

こうして9人が「北磁極を目指す冒険ウオーク2000」に参加。おもしろいほど全員がアウトドアのド素人だった。大場さんは、参加者を故郷・最上町に集め、合宿訓練を行った。雪の中でのテントの建て方やコンロの使い方、スキーでの歩き方を基礎から指導する。

訓練を終えた9人は、レゾリュートに出発。マイナス30度という極度の低温に体をならす訓練を繰り返した。そして一週間後には、本当にひとり50キロの装備を積んだソリを引きながら、氷の上を歩き始めた。

「いろんな人がいたよねー。マイペースな女子大生もいて、みんなが食べ終わってもずっと食べてたり。空手の有段者の子もいたよね。あんまり水飲まないから脱水症状ですぐばてちゃって。荻田君は、すごく真面目に取り組んでたよね。他の人とはどこかちょっと違う感じがあったかな。彼には無線を担当させたんですよ。彼、話が上手で無線でバッチリ楽しんでやってましたよ!」

最終的には、女性ひとりを除き、8人が700キロを歩き通した。「ちゃんと教えて、助け合いえばなんとかなる」という大場さんの考えは正しかった。

その時、荻田さんが北極に激しく魅了されたのは間違いない。翌年から何度もひとりで北極に通い、今や押しも押されぬ北極の第一人者(探検家で作家の角幡唯介さんは愛情をこめて「北極バカ」と呼ぶ)として知られる。

そして、2018年1月6日、40歳になった荻田さんは、日本人初となる無補給・単独徒歩による南極点到達に成功。第22回植村直己冒険賞を受賞した。

そして今も、荻田さんは、単独無補給による北極点到達を目指し続いている。大場さんに言わせれば、「北極は、南極の何十倍も難しいけど、荻田くんならきっとやれるかもしれない。若いと無茶をしちゃうから怖いんだけど、荻田君はもう40歳だから落ち着いているし。」

荻田さんもまた、来年の春、若い人々を連れてカナダ北極圏を歩く計画を立てている。植村直巳さんから渡された極地冒険家というバトンは、いまも脈々と受け継がれているのだ。

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未知の細道 No.129

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

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