いよいよ、地磁気逆転地層がある養老川の入り口に着いた。忍澤さんが指をさすところには細い川が流れ込み、川底にいくつもの丸い穴が空いている。房総半島の地質は軟質であるため、この珍しい「ポットホール」と呼ばれる穴ができるのだという。「そして房総半島の地盤が軟らかいことが、千葉セクションの地層や、養老川周辺のさまざまな地形の特徴に通じているんですよ」と忍澤さんはいう。それはいったい、どういうことなのだろうか?
養老川に降りてみると、「千葉セクション」の露頭が広がっている。地層をよく見ると、白い筋が斜めに入っているのがわかる。これは77万年前に、今の長野県と岐阜県あたりにあった古期御嶽山が噴火した時の火山灰の堆積層であることが分かっており、厚さ3センチほどのこの層は「白尾火山灰層」と呼ばれている。これが、まさに77万年前の目印だ。
そして、この「白尾火山灰層」こそが、77万年前の地磁気の逆転がわかる境目なのだ。地層の表面には、研究チームが打ち込んだ3色の杭が打たれている。白尾層の下にある赤い杭の地層は、現在と地磁気が逆転していた時代の地層、その真上にある黄色い杭の地層は地磁気が不安定な時代の地層(そんな時代もあったのだというから驚きだ!)、そしてさらにその上の緑の杭が、現在と同じ地磁気の地層、というわけだ。
このように地磁気の変化が連続して見られる場所は、先述したようにこの田淵地区の他にはイタリアの2ヶ所しかなく、中でもここが最も観察しやすく、環境や時代を決めるための資料が揃っている場所なのだ。
もともとは深海に堆積していたこの更新世の地層。だが房総半島が隆起し、さらにその地盤が養老川に侵食されたことによって、このような崖になって私たちの目の前に現れた、というわけだ。そして更新世の地層がこのように陸上で見られることは、地球上でもこの房総半島ぐらいなのだという。
松本美枝子