将棋駒を作るとき、まず材料を切り出すところから始める。伝統製法である、なたで切る方法は現在は誰もやっていないという。今は完全な機械化ではなく、機械を手で調整して切れば伝統的工芸品に認定される。
桜井さんも、手切りと呼ばれる方法でツゲを切り出す。将棋駒を作る上で、最初に苦労するのがこの一組分、40枚を綺麗に揃えるところだ。木目や色を見て、同じ組として不揃いにならないように慎重に選ぶ。ツゲの木は模様が出やすく、代えがきかないものもあるため、失敗は禁物だ。
その後、それぞれに文字を乗せていくわけだが、大きく3種類の方法がある。筆で文字を直接書く「書き駒」、文字部分を彫って下地漆で埋める「彫埋駒」、そして彫埋駒を、さらに漆で立体的にした「盛上駒」。桜井さんは現在、一番手間がかかるという盛上駒を作っている。
「やっぱり彫るのが面白いですよ、難しいですけど」
そこで、実際に彫るところを見せてもらった。作業場である一番奥の部屋に通してもらうと、外のセミの声すら気にならない静かな空間があった。
「普段は正座か、あぐらですね」
そう言いながら、小さなテーブルに向かって、駒を彫り始める。削るたびに、ふっと息を吹きかけて木くずを払う。この部屋だけ空気が止まったような静けさの中、カリカリと木を削る音と、それを払う息遣いだけが聞こえてくる。小さな文字を少しずつ少しずつ、丁寧に彫り進める。
「ザクっと一度に彫っちゃうと、やっぱり毛筆を表現するのが難しいんですね。止めとかハネとか……。同じ字でも、自分でここは変えようかな、と考えながら彫っています。ここを強調しようとか、逆に強くなりすぎないようにしようとか。自分の中でこれがいいかなと思う形に近づけていくんです」
肩は凝らないんですか、と野暮なことを聞いてみる。
「それはもう慣れでしょうね。でも体勢的にはずっと同じかもしれないですけど、手先は常に動いているので。どうやって払いを出そうかとか、どんな形にしようかとか、そういうことを考えながらやってます」
全40枚。一枚、一枚、丁寧に作られる将棋駒は、なんと一ヶ月に二組しか作ることができないという。1年以上待っているというお客さんもいるのだから驚きだ。
ウィルソン麻菜