未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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将棋ブーム「将棋の街」は今

将棋駒の生まれる街

文= ウィルソン麻菜
写真= ウィルソン麻菜
未知の細道 No.98 |10 September 2017
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#8将棋駒を作る人

将棋駒職人の桜井さん。将棋駒を模したお菓子を持ってもらったところ。

 訪れたのは駅から車で10分ほど離れた一軒家。緊張しながらインターホンを押すと、桜井亮さんが出迎えてくれた。桜井さんは、伝統工芸士として将棋駒をつくる、将棋駒職人だ。今年で41歳。

「35歳のときに伝統工芸士の資格を取ったので、伝統工芸士の中では一番若いですね。あまり若手だっていうのは意識したことないですけど」

 にこやかに話してくれる桜井さんは、いわゆる職人のイメージとは少し違う。「ゆるいですよね」と笑う桜井さんが、職人の道を歩んだのは何故なんだろうか。

「実は、高校を辞めて、アルバイトとかしてた時期があるんです。進路も特に決まってなくて。そうしたら父が『やってみないか』って」

 桜井さんのお父さんは、大衆駒の製作がメインだった天童で、高級品として盛上駒を極めた有名な将棋駒職人。盛上駒とは、文字部分が立体的に盛り上がった将棋駒のこと。彫った文字を「下地漆」と呼ばれる、漆と焼いた粘土の粉を混ぜたもので埋め、その上からさらに文字の上に漆を乗せていく。美しく立体的に表現する方法を研究し、天童の名を広めたのが桜井さんのお父さんだ。しかし声をかけられたその時まで、跡を継ぐという話はなかった。

「子どものときは、仕事場にも入れてもらえなかったくらいなんです。わからないけど、興味を持ってほしくなかったんじゃないかな」

 もともと世襲制ではないという、将棋駒職人の世界。桜井さん自身、小学5年生の息子さんと1年生の娘さんに、跡を継いでほしいという気持ちはない。

「たぶん、工芸士の世界ってみんな同じようなことを考えていると思います。技術の継承はしてほしいけど、先の見えないこの業界に、自分の子どもを引き入れて大丈夫なんだろうか、というような」

 将棋駒の場合は独自の市場があって、今のところ、技術さえ身に着ければ仕事としてやっていけるという。それでも、そうなるまでには時間と根気強い努力が必要になる。それに加えて、将棋の業界自体がどうなるか誰にもわからない。一生懸命身に着けた技術が専門的であればあるほど、代えのきかない不安がある……。工芸士たちはきっと、そんな不安まで子どもたちに継がせたくないのだ。

「その点、僕の場合はまずはやってみようかな、という感じで、何十万円の駒を作るぞとか、そういうことを考えていなかったので、続いたのかもしれません。当時は、天童や将棋駒業界を背負っていくんだとか、そういうところまで全然考えてなかったですね」

 お父さんの指導のもと、駒に文字を彫る練習から始めたという桜井さん。5年ほど経った頃には、将棋連盟や碁盤屋で扱われるようになった。

「やっぱり親から直接教えてもらえて、環境的には恵まれていましたね。技を習得しやすいし、比較的早めに売り出すことができたのも父の影響だと思います。でもその分、他の職人さんに負けないものを作らなければっていう意識は強かったかもしれません」

 最初は軽い気持ちで始めた将棋駒づくりに対しても、徐々に気持ちが変わっていった。お店に卸して、自分の駒がお客さんの手に渡ったと報告をもらうたび、「もっといいものを」と思うようになったという。

「やっぱり名前が出ると、責任感というか、プレッシャーも大きいですよね。今でも毎回作るたびにそういう緊張感はありますね」

 12年の実務経験、資格試験の末、桜井さんは最年少の伝統工芸士となった。

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未知の細道 No.98

ウィルソン麻菜

1990年東京都生まれ。学生時代に国際協力を専攻し、児童労働撤廃を掲げるNPO法人での啓発担当インターンとしてワークショップなどを担当。アメリカ留学、インド一人旅などを経験したのち就職。製造業の会社で、日本のものづくりにこだわりを持つ職人の姿勢に感動する。「買う人が、もっと作る人に思いを寄せる世の中にしたい」と考え、現在は野菜販売の仕事をしながら作り手にインタビューをして発信している。刺繍と着物、野菜、そしてインドが好き。

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