未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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将棋ブーム「将棋の街」は今

将棋駒の生まれる街

文= ウィルソン麻菜
写真= ウィルソン麻菜
未知の細道 No.98 |10 September 2017
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#9躍進が躍進を呼び

将棋名人戦で実際に使われた桜井さんの駒。そのひとつひとつが美しい。
宝物のひとつとなった将棋駒と。

 桜井さんにとって、2016年は大きな飛躍の年だった。プロ将棋界の頂点と言われる名人を決める戦い「名人戦」で、桜井さんの駒が使われたのである。

 タイトル戦で使われるというだけでも、将棋駒としては名誉あること。その中でも最も歴史のある「名人戦」で自分の駒が使われるというのは、きっと私が想像できる以上に光栄なことだ。

 さらに桜井さんの躍進は続いた。

「映画『3月のライオン』で父のところに駒の貸し出し依頼が来ていたんです。そのときにちょうど僕の駒が名人戦で使われていたので、それじゃあ親子で使わせてもらえないだろうかって」

 なんと、将棋ブームの火付け役となっていた映画『3月のライオン』の、最後の対局の場面で、桜井さんの将棋駒が使われているというのだ!

「駒自体はあまり映っていないんですけどね」と謙遜する桜井さん。しかし私は、このあたりから汗をかき始めていた。今の将棋界で、まさに桜井さん自身が大ブーム中じゃないか、と。

 そしてさらに、衝撃の事実が。

「先月の28日に、皇太子殿下が天童にいらっしゃって、資料館で駒づくりをお見せしました」

 今年7月、皇太子殿下が天童に将棋駒づくりを見にいらっしゃったという。その会場が、私がさっき訪れたあの将棋駒資料館。そしてそこで、将棋駒の作り方をお見せしたのが、私の目の前にいる桜井さんだ!依頼を受けた連盟から「若い人が出たほうがいい」と、桜井さんのところに話がきたという。桜井さんの駒と、桜井さん自身が信頼されていることがわかるし、若い人に機会を与える将棋界の温かさを感じる。

「準備が大変でしたね。市役所と県庁と警察総出で準備をして、どの部分をどのくらい彫るか、全部計算して。実際には、皇太子様が話しかけてくださって、どんな材質を使っているかとか、どんなことを心がけてるとか、そういう話をしましたね」

 皇太子殿下も気になる将棋駒の材料は、ツゲだ。現在ツゲの木は高騰していて、木材の中でもかなり単価が高い木のひとつ。桜井さんは、それを御蔵島という伊豆諸島の島から直接買い入れている。御蔵島は、ツゲを産業として大切にしており、自然環境の中で美しいツゲが育っているという。

「夏だと結構、イルカウォッチングとか伊勢海老取れたりで賑わっているんですけどね。基本的に買い付けは水分の少ない冬なので……何もないんですよね、行くときは」

 小さな島のツゲ林は、きっと美しい場所だろう。冬の海辺でたたずむ桜井さんを想像して、今度はぜひ夏に行ってほしい、と思った。

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未知の細道 No.98

ウィルソン麻菜

1990年東京都生まれ。学生時代に国際協力を専攻し、児童労働撤廃を掲げるNPO法人での啓発担当インターンとしてワークショップなどを担当。アメリカ留学、インド一人旅などを経験したのち就職。製造業の会社で、日本のものづくりにこだわりを持つ職人の姿勢に感動する。「買う人が、もっと作る人に思いを寄せる世の中にしたい」と考え、現在は野菜販売の仕事をしながら作り手にインタビューをして発信している。刺繍と着物、野菜、そしてインドが好き。

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