群馬県みなかみ町
これは現代の祭りと言っても、もはや過言ではないだろう。通称〝やぎなら〟いわゆる矢木沢ダムと奈良俣ダムの年に一度の点検放流には、近ごろ多くの人がそれを見に訪れる。一躍脚光を浴び始めたダム観光だが、つい10年前まで「ダムはムダ」と言われた時代があった。ダムの人気を逆転させた秘密は一体なんなのだろう? ダム人気の仕掛け人、ダムを守る専門家、そしてダム観光を支えるみなかみ町の人たちに出会いながら、ダムの聖地を巡る旅に出る!
最寄りのICから関越自動車道「水上IC」を下車
最寄りのICから関越自動車道「水上IC」を下車
4月の下旬、一通の手紙が私の元へと届いた。差出人はホテルサンバード。谷川岳の麓の雪国、群馬県みなかみ町からだった。
そうそう、今度、みなかみ町へ矢木沢ダムと奈良俣ダムの「点検放流」を見に行くのに、電話でホテルを予約したんだったっけ。
群馬県みなかみ町にはダムが7つもある。ダムは上水道、農業用水や工業用水、電力などの利水、さらには洪水調節の役割を担う、実は私たちの生活にとって欠かせない存在だ。水を貯めるということから、ダムは山間部の河川上流地域や、豪雪地帯にも多い。
遠くにあって、ひっそりと私たちの生活を支えているダムだけど、近頃はそのダムを「観光する」ということが一躍脚光を浴びつつある。一部のダムは雪融けの季節、毎年5月頃に、ダムの非常用洪水吐きと呼ばれる部分からきちんと水が放流されるかどうかをチェックするための点検放流を行う。超巨大構造物であり、その威容もさることながら、普段のダムでは想定以上の洪水などの緊急事態でもない限り、滅多に放流しないので、雪解け水が勢い良く放流されるさまは珍しいうえに、美しい。中でも年に一度の、矢木沢ダムと奈良俣ダムの点検放流は特に迫力があって1日で両方を見られるということから、とても人気があるのだという。
今回の点検放流のガイドを引き受けてくれたのは、国土交通省の三橋さゆりさんだ。休日の三橋さんはアートをこよなく愛する素敵な女性だが、実は河川の専門家であり、国交省ではなんと女性初の土木のキャリア官僚なのである。いつも私の写真展を見に来てくれる三橋さんに、いつかダムのことをちゃんと教えてもらいたいなあ……と思っていた私にとって、この点検放流は願っても無いチャンスだった。
その三橋さんから「サンバードの宿泊プランには、点検放流を見るための『ダムプラン』というのがあるから、予約してみてください」と言われていたので、すぐにここへ予約の電話を入れたのであった。
そういえば電話を受けつけてくれた女性が、追ってご予約確認書をお送りしますね、と言ってたっけなあ、なんてことを思いだしながら封を切る。
すると宿泊プランの確認書の他に、水色の便箋で手書きの添書が入っていた。大きくてきれいな字だ。読み進めると宿泊プランの詳細の他に、今年は例年より雪解け水が多くて、きっと勢いのあるダムの放流が見られると思います、というようなことが書かれてあった。末尾には、ご来館を心よりお待ちしております、と結ばれ、フロント石塚と署名されていた。
今時、手書きの手紙なんて珍しいなあ、いや、それどころかホテルの確認書に手書きのお手紙が添えられていたことなど、これまでにあっただろうか?
驚きとそれを上回る、じんわりとした嬉しさが広がった。こんなお手紙をもらったら、早くみなかみに行って見たくなるじゃないの! と、顔も知らない石塚さんの事を考えながら、私は手紙を封書に戻した。
松本美枝子