お昼を食べてまたシャトルバスに乗り込む。いよいよ最後の目的地、二度目の奈良俣ダムの放流だ。
高草木さんがガイドするバスは山道を進んでいく。不意に前面の車窓いっぱいに、奈良俣ダムの威容が眼前に広がった。昨夜とはまた違って、ロックフィルの白さが日の光に当たって優雅だった。
そのままバスで天端まで向かう。天端からの景色の眺めの、なんと雄大なことだろう。そろそろ夕方が近づく事を思わせる空が山の向こうには広がっていた。
天端に降り立つとたくさんの人たちが、放流をいまかいまかと待ち構えていた。そして大きなサイレンが鳴った、と同時に水の音が山の上の空間いっぱいに鳴り響いていく。
三橋さんが「松本さん、ダムを歩いて降りてみましょう」と言った。奈良俣ダムはロックフィルの端にある遊歩道を使って、上り下りすることができるのだ。往復にはなんと50分もかかるという。
奈良俣ダムの斜面は、普通のダムよりはずっとなだらかだが、遊歩道の傾斜は想像以上にきつかった。半分も降らないうちに、太ももがパンパンになって、足がワナワナとしてくる。しかしきつい分、その眺めは壮大だった。延々と続くこの白い岩の風景は人が作ったものだ。だけれど、いつの間にか自然と一体化し、水を守っているのだ。歩きながらそんなことを考えていた。
やっとまた洪水吐きの下へと戻ってきた。相変わらず人がたくさんで、音に耳を傾けたり、写真を撮ったり、思い思いにダムを記録している。中には長い竿を使って撮影している人もいた。
山の中に突如現れた、そんなお祭りのような風景に目をやりながら、私はまたしても水が作り出す不思議な音の響きに心を奪われていた。矢木沢ダムとは正反対の、静かな、でも力強い放流の音。これはずっと聞いていても飽きないなあ。本当に、水のトランスだ。と私はまた昨夜と同じ事を思った。
松本美枝子