朝7時。眠い目をこすって送迎バスに乗り込む。いよいよメインイベント、矢木沢ダムの点検放流が10時半から始まるのだ。道路はすでに混雑し始めていた。
なぜすでに混んでいるかというと、点検放流のほかに特別イベントがもう一つあるからだ。実は今年から初めて、矢木沢ダムの堤体内部の一般見学ができるのだ。私たちもまずそれを見に行くのである。
堤体内部は特別な見学会などを除き、一般に公開されることは非常に珍しい。それを無料で、しかも今日はおそらく2000を越す人が訪れるだろうから、それを全て受け入れるなんて、これはもう管轄の水資源機構の出血大サービスと言っても過言ではないのだ。
ダム湖の向こうには雪をかぶった山々が見える。そんな見晴らしの良い天端(堤体の頂上部)の上の長蛇の列にしばらく並んでいると、いよいよ順番が回ってきた。水資源機構の職員さんに案内されて、ヘルメットをかぶり、エレベーターで地下108mの深さへと潜る。堤体の内部、つまり水の底のきわに降りるなんて、閉所恐怖症の私ははっきり言って恐ろしいこと、この上なかったのだが、他のみんながワクワクしているのを見て、黙ってエレベーターの中で縮こまっているしかなかった……。
しかしあっという間に音もなくエレベーターは最下層へとたどり着く。堤体内の監査廊を抜けると、そこには見たことのない空間が広がっていた。私たちはいつの間にか堤体の外へと出てきたのである。
矢木沢ダムはアーチ式コンクリートダムと言われる形式だ。左右に強固な岩盤があれば、アーチ型の堤体で水圧を岩盤に伝えることにより、少ないコンクリート量でも水圧を支えることができるという。目の前に広がる巨大なアーチ型の壁面。重力式ダムに比べればずっと薄いこの堤体の向こうは、もうダム湖なのだ。下から見上げても、壁面が反り返っていることがよくわかる。
「ダムってね、鉄筋は不要なんですよ。ひたすら水に押されても、コンクリートだけで頑張って立っている。つまり壁ドンされてる状態です。それがアーチダムの構造なんです」と三橋さんは笑って言った。
ちなみに矢木沢ダムは今年でちょうど50歳。そして関東一円の飲み水の多くを引き受けているのだという。もしこの子がいなかったら、私たちは簡単に水を飲むのも難しくなる……ということになるのだ。
このアーチの壮大な湾曲面は、全ては機能美ということなのか……。今ここにかかっているはずの信じられない圧力、そして関東の人口を考えると、私はこの湾曲面が生み出す美しい空間に、なんだか頭がクラクラとしてきたのであった。
ちなみにここでも私たちがきっちりとダムカードをゲットしたのは、言うまでもない。
松本美枝子