未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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~ダムの聖地・みなかみ~

〝やぎなら〟ダム 大迫力の点検放流を見に行く!

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.92 |10 June 2017
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#6いざ堤体の内部へ

アーチ式コンクリートダム、矢木沢ダムの全容。奥には土を使った小さなフィルダムもあり、正式にはコンバインダムと呼ばれる複合型のダムだ。

 朝7時。眠い目をこすって送迎バスに乗り込む。いよいよメインイベント、矢木沢ダムの点検放流が10時半から始まるのだ。道路はすでに混雑し始めていた。

 なぜすでに混んでいるかというと、点検放流のほかに特別イベントがもう一つあるからだ。実は今年から初めて、矢木沢ダムの堤体内部の一般見学ができるのだ。私たちもまずそれを見に行くのである。

 堤体内部は特別な見学会などを除き、一般に公開されることは非常に珍しい。それを無料で、しかも今日はおそらく2000を越す人が訪れるだろうから、それを全て受け入れるなんて、これはもう管轄の水資源機構の出血大サービスと言っても過言ではないのだ。

堤体内部に入るための、天端に並んだ長蛇の列。

 ダム湖の向こうには雪をかぶった山々が見える。そんな見晴らしの良い天端(堤体の頂上部)の上の長蛇の列にしばらく並んでいると、いよいよ順番が回ってきた。水資源機構の職員さんに案内されて、ヘルメットをかぶり、エレベーターで地下108mの深さへと潜る。堤体の内部、つまり水の底のきわに降りるなんて、閉所恐怖症の私ははっきり言って恐ろしいこと、この上なかったのだが、他のみんながワクワクしているのを見て、黙ってエレベーターの中で縮こまっているしかなかった……。

  • 初心者はうっかり堤体よりダム湖を撮ってしまいがち(三橋さん談)だが、ダム湖と山並みも美しいのである。
  • いざ地下108mの世界へ!
50年前に作られた監査廊には、なんとコンクリートを流した木型の木目が残っている。

 しかしあっという間に音もなくエレベーターは最下層へとたどり着く。堤体内の監査廊を抜けると、そこには見たことのない空間が広がっていた。私たちはいつの間にか堤体の外へと出てきたのである。
 矢木沢ダムはアーチ式コンクリートダムと言われる形式だ。左右に強固な岩盤があれば、アーチ型の堤体で水圧を岩盤に伝えることにより、少ないコンクリート量でも水圧を支えることができるという。目の前に広がる巨大なアーチ型の壁面。重力式ダムに比べればずっと薄いこの堤体の向こうは、もうダム湖なのだ。下から見上げても、壁面が反り返っていることがよくわかる。

ただただ息を呑むばかりの、矢木沢ダムの美しきアーチの湾曲面。

「ダムってね、鉄筋は不要なんですよ。ひたすら水に押されても、コンクリートだけで頑張って立っている。つまり壁ドンされてる状態です。それがアーチダムの構造なんです」と三橋さんは笑って言った。
 ちなみに矢木沢ダムは今年でちょうど50歳。そして関東一円の飲み水の多くを引き受けているのだという。もしこの子がいなかったら、私たちは簡単に水を飲むのも難しくなる……ということになるのだ。
 このアーチの壮大な湾曲面は、全ては機能美ということなのか……。今ここにかかっているはずの信じられない圧力、そして関東の人口を考えると、私はこの湾曲面が生み出す美しい空間に、なんだか頭がクラクラとしてきたのであった。

 ちなみにここでも私たちがきっちりとダムカードをゲットしたのは、言うまでもない。

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未知の細道 No.92

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。