未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
92

~ダムの聖地・みなかみ~

〝やぎなら〟ダム 大迫力の点検放流を見に行く!

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.92 |10 June 2017
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#4奈良俣ダム ライトアップ!

奈良俣ダムの工事で使われたダンプカーの巨大な車輪。

 さてこのダムプランは、ほぼ休みがない……というのが唯一の欠点なくらい、一泊二日のうちにダムにまつわるイベントが盛りだくさんに詰まっていた。豪華な夕食を終えると、次はすぐに、高草木さんがガイドするバスに乗って、夜の奈良俣ダムへと出かけるのだ。明日の放流を前に、今夜は特別に奈良俣ダムがライトアップされているという。山奥の、夜中のダムなんて滅多にいけるものではない。一体どんな光景が広がっているのだろうか。

 真っ暗な道を進むバスの中で、私はつい10年くらい前まで「ダムはムダ」なんてダムが叩かれていた時代があったっけなあ、と思い出していた。ダムといえば、自然やコミュニティの環境を大きく変えるばかりの、無用の長物である、そんな論調が当たり前だったことを、皆さんは覚えているだろうか?

 私は隣に座った三橋さんに、不遇の時代を経て、今なぜこんなにダムが人気になったのかを聞いてみることにした。

 当時ダムの担当だった三橋さんは「このままじゃいけないなあ、ダムの大切な役割や必要性を押し付けがましく伝えるのではなく、まずはみんなにダムを好きになってもらいたい、そんな仕掛けはできないものか」と密かに考えていた。試行錯誤する中で、ダムを見て出かけることが大好きなマニアたちがいるということを知った。それは今よりもずっと数は少なかったが、熱烈なダム愛好者ばかりだった。

 彼らに会って話をしてみたい! そう思った三橋さんは仕事仲間である独立行政法人水資源機構の職員に頼んで、二人のマニアと会うことになった。その一人がカリスマ・宮島さんなのだ。マニアたちとの会話の中で、ヒントを得た三橋さんは、早速「ダムカード」というものを作り、配布し始めた。2007年のことである。

 ダムカードは表面はダムの写真、裏面はダムの型式や貯水池の容量などのほかマニアックなものも含めた様々な情報を載せている。

 三橋さんがこだわったのは、ダムを見に来た人には管理所の職員がきちんとダムカードを手渡しする、というルールをまじめに守ってもらうことだった。管理所にしかないカードをゲットすれば、わざわざダムを見に来て、もらえた! という達成感がある。きちんと手渡しすることで、管理所の人たちとのコミュニケーションも生まれる。こうしてじわじわとダムカードとダムの人気は上がっていき、今は国土交通省と水資源機構の管理するダムのほか、40以上の都道府県や発電事業者の管理するダムでも配布している。

これがダムカードだ!ダムに行ったら管理所などに行って手に入れよう。

 そんな話をしているうちにバスは奈良俣ダムへとたどり着いた。日本有数の体積を持ち、石を積み上げて壁を作るロックフィルダムという型式の奈良俣ダムは、遠くから見ても岩の白さが際立つ、その美しさも人気のダムである。
ダムの脇にある資料室、ヒルトップ奈良俣の前で、ダムカードを配っている職員さんを探し出して、まずはダムカードをゲットした。ヒルトップの中では、町役場の澤浦さんたちも観光客をお出迎えし、サンバードの高草木さんはガイドトークを行っていて、これまた盛況であった。

ヒルトップ奈良俣で行われた高草木さんによる天体ガイドも好評だ。

 さてダムの洪水吐きの下まで行く。三橋さんが「今年は雪解け水が多いので、自然と放流が始まっているんですよ。だから今日はライトアップの上に放流も見られてラッキーなんですよ!」と笑って教えてくれた。

 昼間の藤原ダムの豪快な放流とは違って、大きくて、かつなだらかな形状の奈良俣ダムの放流は、ゆっくりと、静かに水が滑り落ちるように流れていく。暗闇とわずかな明かりも相まって、水の音が創り出す不思議な空間に私は引き込まれていった。

 これは水のトランスだ。ずっとこの音を聞いていられるなあ。振り返ると周りのみんなもどうやら同じ気持ちのようだ。私たちはうっとりと、途切れることのない放流の音に耳を傾けていた。

夜の奈良俣ダムに放流の音が鳴り響く。
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未知の細道 No.92

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
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