矢木沢ダムの点検放流を見るためには天端から無料シャトルバスを使って放流口、通称ジャンプ台まで降りないといけない。当日は交通整理のため、この間の山道は徒歩禁止。バスは15分間隔で、ひっきりなしに観光客をピストン輸送していた。
「このバスはみなかみ町の地元の人たちが考えて、昨年から始まったものなんですよね」と三橋さんが言う。一昨年の点検放流では1400人の人が訪れ、交通の混雑もだいぶあった。次からはおそらくもっと観光客が増えるだろう。ダムの観光に力を入れているみなかみ町は一念発起して、昨年からはダムの点検放流と宿泊地や駐車場をつなぐシャトルバスを出すことに決めたのだ。
10時半間際。ジャンプ台の周りには、どんどん人が集まってきていた。時間ぴったりについに放流が始まった。歓声が上がった。
すると三橋さんに声をかける男性が現れた。水資源機構の中原忠義課長だ。中原課長は「これから11時半までの1時間の間、10分刻みで、6トンずつ、水量をあげて、点検放流していくんです」と丁寧に教えてくれた。夏が来ると必ず大雨が降る。この放流は、その前にちゃんとダムのゲートが作動するかどうかを確認する、大事な点検なのだ。
「そろそろ水量が上がりますから、ジャンプ台の真下に行ってみましょう!」という三橋さんの言葉で私たちは、前へと移動した。そこはもう人が押し合いへし合いの大混雑だ。みんなカッパを着込んでいる。ここら辺は雨のように雪解け水のしぶきが降り注ぐのだ。ダムマニアたちはそれを「ダム汁」と呼び、喜んで浴びに行くのだという。三橋さんは「この前NHKでもダム汁って言ってたから、正式な日本語になったんじゃないかな」と笑っていた。
「松本さん、カメラが死なないように気をつけてね」と真面目な顔で三橋さんに言われて、私は気を引き締めた。と思った瞬間、激しい水しぶきが頭上を舞った、あちこちで大歓声が上がる。
それはそれは見事な光景だった。こんな圧倒的な水の塊、見たことがない。海の波とも違う、30トンの強烈な水の力は、日光を浴びながら、楽しい祭りのように、歓声を上げる人たちの上に降り注いでいた。水を浴びること、水の塊を写真に収めること、私も周りの人たちも、ただただ、この瞬間を夢中で楽しんでいた。
松本美枝子