未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
85

日本陶磁器・発祥の地 有田町に暮らす人々(前編)

陶磁器の町を支える職人さん お隣り同士の生地屋と型屋

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.85 |25 February 2017
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#7生地屋の仕事

 最初に藤さんの仕事を見せてもらう。まず「機械ろくろ」と呼ばれる機械をセットする。ヘラが取り付いたアームの角度などを慎重に調整し、位置を決める。それから回っている型の中に陶土を入れて、アームを下ろして型の中に薄い生地を成形していく。

 ろくろから型を外し、同じことを繰り返してうちに、だんだん、それがたまってくる。ものによって5分から30分くらいだが、しばらくそのままにしておくと石膏型に水分が吸われて中の生地が少し型から外れてくるので、そのタイミングを見計らって手で型を軽く叩いたりゆすったりしながら、さっと生地を型から外す。ちょうどよく身離れするタイミングに藤さんが型をゆすると、まだ本当は完全に固まっていないはずの薄い生地が、でもちゃんとした形を保ったまま、するんと出てくる。それは魔法のような光景だった。

 ほかにも完全に乾燥したものに削りを入れたりして、発注先(窯元や商社)の要望通りのものを一つずつ手作業で作り上げていく。藤さんはこのような作業を繰り返しながら、1日数百個も同じ生地を寸分の狂いなく、作り上げるのだ。

 生地屋の仕事でポイントとなるのは、完成品、つまりこのあと釉薬や絵付けを施して焼成された焼き物を想像して作る、ということだ。生地は焼成されると約13%~15%縮む。縮むことを想定して、大きさを決めて作るのだ。生地の厚さも均等ではない。それに茶碗などの口が直接つく部分は当たりが滑らかでなくてはならない。

 藤さんはそういったデータを頭の中に入れながら、自分の手の感覚だけを頼りに、生地を作り上げるのだ。それもどの部分も狂いがように、同じ生地をたくさん。もちろんデータはすべて、細かくノートやサンプルに書き込んでいる。

 無駄のない動作で、ポンポンと美しい形の生地が出来上がっていく様子を見ていると、いつまでもそこで作業を眺めていられるような気がしてくる。本当にすごいですねえ……と私がみとれながら言うと「いやー昔からやってて、この仕事しか知らんいから、これが凄かかどうかわからん、覚えれば誰でもできるっちゃねー」と藤さんはニコニコしながら言うのだが、私は「いや、こんな難しいこと、絶対、誰でもは、できないんじゃ……?!」と心の中で思った。

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未知の細道 No.85

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。