未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
121

岡山県美咲町

緑の棚田が広がる静かな集落に、ポツン、ポツンと不思議なオブジェや奇抜な壁画がある。作ったのは、パリにある伝説的なアトリエから遥々やってきたアーティストたちだという。なぜ棚田の限界集落にパリ!? 世界のアーティストと地元の人々をごちゃ混ぜにして、新たな風を吹かせる風雲児たちに話を聞いた。

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.121 |10 September 2018
  • 名人
  • 伝説
  • 挑戦者
  • 穴場
岡山県美咲町

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#1棚田のなかの謎のオブジェ

大垪和(おおはが)の棚田。360度ぐるりとすり鉢状の棚田が広がる。

 岡山県美咲町大垪和(おおはが)。
 標高400メートルの緑深い山のなかに、360度ぐるりとすり鉢状の棚田が広がる。
 日本のなかでも絶景中の絶景だろう。どうして、ここが世の中であまり知られていないのか不思議なくらいだ。
 え? 美咲町を知ってるって? 「たしか、卵かけごはんの町でしょ」と思ったあなたは大当たり。そうそう、ここは卵かけごはんが有名なんだけど、実はその他にも見るべきものがあるのです。
 ほら、棚田を見下ろすように立つ、トーテムポールのようなオブジェが。ネイティブアメリカンが作ったような、もしくは古代遺跡のような。その先端には、大きなガラスがついていて、覗き込めば……ガラスのなかに棚田の緑と空の青さが映り込む。作ったのはアルゼンチン人アーティスト、ジャミラ・マラニョンだ。
 そう、アート。この町にはたくさんのアートがあるのだ。

  • 棚田を見下ろすように立つ、トーテムポールのようなオブジェ。作者はジャミラ・マラニョンさん。(左) 先端には、大きなガラスがついていた。(右)

 ほら、卵かけごはんで有名な「食堂かめっち」の脇には、高さ3メートルの巨大な「夢のたまご」。亀甲駅の前にはサーカスをイメージした巨大パネル。そして公園の一角にはラファエロを彷彿とさせる優雅なフレスコ画。すべて2016年から行われている「美咲芸術世界」から生まれた作品である。

  • 卵かけごはんで有名な「食堂かめっち」の脇に展示されている「夢のたまご」。中に入ることもできる(左) ラファエロを彷彿とさせる優雅なフレスコ画(右)

興味深いのは、これらの作品を作ったアーティストのほぼ全員が、パリに所縁がある人々であることだろう。いや、もっと正確にいうならば、パリのど真ん中にある「59リヴォリ」という共同アトリエに所縁がある、というべきかもしれない。
 「59リヴォリ」は、90年代の終わりに、一部のアーティストが建物を不法占拠し、誕生した伝説的なアトリエである。
 ん? どうして棚田の真ん中でパリ? 不法占拠アトリエってなに? よく意味がわからない? 
 ええ、その気持ち、わかります。
 それでは、ひとつひとつ紐解いていくとしましょう。
 訪ねたのは、「美咲芸術世界」の実行委員長で、自身もアーティストである板垣正寿さん(以下、アーティスト名の楽画鬼さん)の家である。

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未知の細道 No.121

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。