さて、こんな国際色溢れるユニークな芸術祭に対して、まちの人の反応は本当に様々だと楽画鬼さんは言う。残念ながら、まだ地元に受け入れられてみんなで一緒に盛り上がっている、というほどではないそうだ。
「アートってすごくわかりにくいよね。だから、『よくわからないけど、一緒にやるよ!』 という協力的な人もいる反面で、『こんなのただの自己満足じゃないか、全然地域のためになってない』という批判もある。でも、俺たちは別に地域のためだけにやっているわけじゃないからそれはしょうがないと思ってる」
その言葉はすごく正直で、楽画鬼さんらしく素敵だなと思った。
最近では、地域おこしにアートを役立てようと言う動きが著しい。しかし、アートは何も地域の活性剤になるために存在しているわけではない。アートは、その土地の文化や豊かさを生み出す種のほんのひとつにすぎない。風に乗って旅をし、ある場所に根付き、いずれ花開くかもしれないし、そうではないかもしれない。
「こういうのってすごい時間がかかると思うんだ。でも、きっといつかは俺たちみたいなアーティストの存在に、いずれ街の人たちも慣れるんだと思う。パリも59リヴォリも常に新しい人が入って来て、新しいものが生まれて来た。そうやって変わりながら継続することで、未来が見えてくる。俺はむちゃくちゃって言葉が好きでさあ、むちゃくちゃ加減を大事にしたいんだ。前回は、分かりやすくするためにどうしたらいいんだろうと考えすぎてしまった。もっとむちゃくちゃやらないと。
そう考える楽画鬼さんは、第二回目の芸術祭の報告書に、こんなロマンチックな言葉を残している。
芸術は心を豊かにする。アートとは本来人間の心に備わっているものなのだ。美しいと思う心。寂しさや悲しさを感じる心。はたしてアマンジャクは星を取れたのだろうか? そう簡単じゃない。だからこそ、私は未来の子供たちに夢を描いて欲しい。素敵な夢を。そして苦悩の夢をも。それが美というものだと私は考えている。僕らは子どものときから、そして年老いてもなお「心の旅人」なのだ。
夢を抱き、旅に出よう。
パリから棚田の集落にやってきた常識外れの風雲児たちは、これからどんな花を開かせるだろう。それがわかるのは、ずっと先のことかもしれない。
川内 有緒