さきほど、共同アトリエと書いたが、「59リヴォリ」は、地元パリでは“スクワット”という愛称で知られている。一般的にスクワットとは、アーティストなどにより不法占拠されてしまった建物のことだ。
「59リヴォリ」も同様で、1999年に3人のアーティストによって不法占拠されたもの。3人は、ある晩に長年使われていない7階建のビルを発見し、「ここを俺たちのアトリエにしちゃおうぜ!」と決めた。深夜に潜入し、勝手に鍵を交換すると、「この建物は“スクワット“された!」という巨大な垂れ幕を下げた。もうパリは大騒ぎである。
すぐに世界中のアーティストが集結し、アーティストのコミュニティができ上がる。ルール遵守! を美徳とする日本からすると、不法占拠はどう考えても迷惑行為以上だが、そこらへんはさすがアートに寛容なパリである。「まさにピカソの洗濯船の再来!(※洗濯船はピカソが貧乏な頃に仲間たちと一緒に暮らしたアトリエ)」と市民は歓迎モード。パリジャンたちは、歴史の中ですでに姿を消したと思われたピカソやモディリアーニの創作の精神を「59 リヴォリ」に見出したのだ。
その後、紆余曲折を経て「59リヴォリ」は、懐広いパリ市によって合法化され、共同アトリエとして運営されるようになる。楽画鬼さんが、「59リヴォリ」に出会ったころにはすでに合法化を遂げたあとだったが、3人の破天荒な創始者もまだ残っていたし、そのフリーダムでやんちゃなスピリットは脈々と受け継がれていた。
楽画鬼さんは、その後2年ほど「59リヴォリ」で活動し、世界のアーティストたちと刺激的で充実した日々をすごした。そして、リンダさんと結婚後は、ふたりでパリ郊外に自身のアトリエを構えた。
川内 有緒