未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
121

美咲芸術世界が織りなすヘンテコな世界

〜パリから棚田に舞い降りた常識ハズレの風雲児たち〜

文= 川内有緒
写真= 川内有緒(一部写真提供 美咲芸術世界実行委員会)
未知の細道 No.121 |10 September 2018
この記事をはじめから読む

#7リヴォリのスピリットとはなんだ?

影絵作品を制作するアーティストの笠原舞さん(左) 楽画鬼さん (右)

 実は、その廃校を使った作品は私も実際に見たことがある。2016年に開催された第一回目の美咲芸術世界の期間中、私はちょうど瀬戸内国際芸術祭の島々をめぐっていたので、好奇心で寄ってみたのだ。
 あの日、瀬戸内海は汗ばむほどの暑さだったのに、山間部である美咲町はフリースを引っ張り出さねばならないほどの寒さだった。
 「ここだよー!」とアーティストのひとりに廃校を案内してもらうと、校庭には不思議な迷路のようなものが設置され、校舎のなかには見る人を飲み込むようなディープな空間が広がっていた。
 うわー、なんてカオスなんだ! こりゃ、確かに「リヴォリ59」そのものだな!と私は思った。
 作品同士にキッチリとした境界がなく、空間全体にあらゆる作品が点在し、もともと学校にあった古い什器などと有機的に混じり合う。どこまでが作品でどこまでがもともとあったものなのかもよくわからない。壁は往年の汚れが染み付き、埃が舞い、その傍でどこか退廃的な雰囲気の似顔絵やカラフルな絵画が壁という壁を占拠する。
 それは、理路整然としたコンセプトのもとにキッチリと積み上げられた瀬戸内国際芸術祭の作品群とはまさに一線を画すものだった。
 当たり前かもしれないが、やっぱり59リヴォリのスピリットがちゃんと流れこんでいた。

 よくよく考えて見ると「59リヴォリ」のスピリットとはいったいなんだろうか? 
 その質問を楽画鬼さんにぶつけてみると、「そう言われるとなんだろう。アーティスティックであることかな」と少し考え込んだ。 
 そこで、影絵作品を制作するアーティストの笠原舞さんにも同じ質問をぶつけてみた。笠原さんは、第3回目の芸術祭の参加者で、現在も「59リヴォリ」にアトリエを構えるひとりだ。

 笠原さんは、即座にこう答えた。
「日本はなんでもすごくルールが厳しい。やってみたいけど、やっちゃいけないことがたくさんある。もちろん、フランスにもいろんなルールがあるんだけど、59リヴォリは、冒険心や好奇心で、そういったルールを奇跡的にくぐり抜けてしまった。だから、そんなミラクルや冒険という“蜜”に、夢見る虫であるアーティストたちが群がっている感じかな。ああ、こうやって、ルールを破っていろんなことをやっちゃっていいんだって、私たちに思い出させてくれるのかもしれません」
 なるほど、と楽画鬼さんも私も納得した。
 言い換えれば、彼らが“蜜”とか“冒険”と呼ぶのは、手を伸ばしてはいけない、でもやっぱり伸ばしたい、そんな「常識から逸脱した行為」だろう。たぶん、私たちはいつも無意識に「ここまでしかやってはいけない」と、行動の境界線を自分自身で引いてしまっている。ただ、時にそれを超えていかないとアートはどんどんつまらないものになってしまう。アーティストたちは、それを本能的に知っているのだ。

このエントリーをはてなブックマークに追加


未知の細道 No.121

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。