未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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美咲芸術世界が織りなすヘンテコな世界

〜パリから棚田に舞い降りた常識ハズレの風雲児たち〜

文= 川内有緒
写真= 川内有緒(一部写真提供 美咲芸術世界実行委員会)
未知の細道 No.121 |10 September 2018
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#5棚田がバリ島に似ていた

美しい棚田がバリ島の風景に似ていた

 しかし、パリ生活も数年が経つころには、もう少し落ち着いた場所で制作をしたいという欲求を覚えた。リンダさんはこの頃、ヨガを習いに頻繁にバリ島に通っており、田舎の静かな環境にも惹かれていた。
「パリでは毎日パーティで楽しかったけど、生活リズムも乱れていて、どこか虚しさも感じていた」(リンダさん)
「パリは物価が高いし、じゃあ、ベルリンか、または南仏に住もうかなんて話しあって」(楽画鬼さん)
 そんな折、楽画鬼さんは、ちょうど日本に一時帰国。友人(日本人)の実家である岡山県を訪ねる機会を得た。それが、美咲町大垪和だった。
 美しい棚田を除けば、とくに目立った見所もない静かな集落だった。アーティストは住んでおらず、人々の生活のなかにアートの「ア」の字もなかった。しかし、その素朴さと大自然こそが新鮮に映った。

喫茶室のキッサコのなか。建物のなかは大量のアート作品で埋め尽くされている。

 そのとき、友人のお父さんは、「もし興味があるならしばらく大垪和の家を無料で貸してあげるよ」とオファー。その言葉に背中をおされ、ふたりは二ヶ月間美咲町に滞在しながらヨガを教え、作品を展示した。リンダさんは、その美しい棚田がバリ島の風景にも似ていたことが気に入ったという。  ふたりは移住を決め、パリのアトリエを引き払った。そして、長年描きためてきた大量の絵を元幼稚園の建物に運び込んだ。2011年のことである。

 パリからやってきたアヴァンギャルドな雰囲気の夫婦は、最初の頃こそ集落の人にも驚かれたが、やがて受け入れられた。喫茶室とヨガ道場を営みながらじっくりと作品制作を続け、男の子にも恵まれた。子どもが生まれると、自然に地元の人々との交流も密になっていった。
 移住から四年ほど経った頃、楽画鬼さんはこの美咲町にパリの仲間を呼びたいと考え始めたという。久しぶりに賑やかさや刺激を求めたのかもしれない。
 楽画鬼さんは、かつてポルトガルの首都リスボンで「59リヴォリ」の仲間と滞在しながら作品制作をしたことがあった。あの時のように、みんなで一つの場所に拠点を構え、一緒になにかを作り上げてみたいと思ったのだ。
 よし、あいつらをここに呼ぼう! 
 そう決め、企画したのが第一回目の美咲芸術世界だった。

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未知の細道 No.121

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
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