さて、「棚田×パリ×アート=?」という不確定方程式で計画された一回目の芸術祭は無事に閉幕。棚田の街は、今まで通りの静けさを取り戻したかのように見えた。
しかしこの時、誰もが全く予想しなかったことが起きた。芸術祭に東京から参加していたアーティストの土屋洋介さんが、美咲町に惚れこみ、なんと自宅を購入(それも十万円!)。地域おこし協力隊として移住を決めたのだ(土屋さんもまた、パリに8年も住んでいた59リヴォリ出身のアーティストである)。土屋さんは、その購入した建物を改装し、「エッフェル堂」というアートスペースをオープンしたいという夢を持つ。
この突発的な移住には楽画鬼さんも驚かされたが、素晴らしい変化をもたらした。
土屋さんという陽気な人物が来て以来、彼を訪ねようと、多くの人がはるばるこの美咲町にやってくるようになったのだ。そんな力強い援軍を得て、美咲芸術世界はさらにパワーアップ。第二回目の芸術祭でも、再びパリから「59リヴォリ」の仲間たちがわいわいとやってきた。
この時、楽画鬼さんが行ったのは、地元のアーティストたちを巻き込むことだった。
「2回目はもっと県内のアーティストを集めようと決めていた。岡山にも、面白いアーティストがたくさん住んでいるし、ここにも面白いものがあるってわかったから」(楽画鬼さん)
そういって仕掛けたのが、この地方に古くから伝わる「アマンジャクの星とり」という民話を元にした参加型の舞台作品だった。アマンジャクは山に住むいたずら好きの小さな鬼で、悪さばかりをして村の人々を困らせていたとう。
「アマンジャクは山の上にある星が綺麗だから、星を取ろうとして石をたくさん積むんだけど、最後の最後に崩れちゃうという。そういう単純な話。俺はすごい好きで、いつかこれをもとになんかやりたいと思ってたんだ」
舞台の脚本や演出を任されたのは、岡山在住の演出家の大西千夏さん。「ミニマムの演劇をつくる」をコンセプトに、脚本や演出、衣装、出演の全てをこなす。
話を聞いた彼女は、「それなら地元の子どもたちをたくさん舞台にあげじゃおう! アーティストを妖怪にしちゃおう!」と積極的にアイディアを出してくれた。アマンジャクを演じるのは千夏さん自身。演劇や音楽、仮面作り、舞台美術など様々なワークショップも行われ、多くの人が作品作りに参加した。
こうして、仮面をつけた妖怪と地元の人々が入り混じりながら踊るオリジナルな舞台作品が完成。当日は、約500人が舞台を観に集まった。
そのほかにも、この年は地元の人とアーティストの交流を深める試みが続いた。そのひとつが「海外アーティストによる文化の時間」。アーティストたちの出身地であるアルゼンチンやアフリカなどの料理を紹介し、地元の人々をもてなした。また冒頭に書いた棚田の上の不思議な塔、「創世記の守護者たち」も、この年に生まれたものだ。
しかし、さらに面白いのはそこで終わらなかったことだろう。
楽画鬼さんは、今度は岡山の県内アーティストを59リヴォリに連れて行っちゃおうと思いついた。
「俺はパリからアーティストが岡山にくるという一方通行ではなくって、逆にパリまで連れていくことが大事だと思ってたんだ。岡山にも面白いアーティストがいっぱいいて、ぜひ「59リヴォリ」のメンバーに紹介したかった。みんなで一緒にパリで活動してたらどうなるだろうと思って、芸術祭のPR企画として県内作家をパリに連れていくことにしたんだ」
今度は、逆に芸術の都に乗り込んでやろうというわけである。
川内 有緒